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瞼を開けると目の前に広がるのはいつもの自分の部屋の天井ではない。 昨日と同じくここはビジネスホテルの一室だ。 目を覚ました俺は、すぐさま昨日と同じく鏡の前に向かった。 俺が誰であるのか確認する必要があったからだ。 グレゴール・ザムザのように毒虫にはなってはいないことは確かだが、 人間のままなら安心かというとそうでもないのだ。 洗面台の鏡に映る自分の姿は…… 普段は頭もよく人当たりもさわやかなハンサム好青年。 しかしその実体は謎の組織の一員にして限定的超能力者、古泉一樹。 ──うむ、異常なし。 3日目ともなると何も感じないね。 むしろまた別の人になっていなかったことに少しの安心感を覚えていた。 ふと一瞬だけ、変な考えが頭をよぎる。 ──俺はもしかしたら本当は生まれつき古泉だったりしないか。 それを何かの勘違いや思い違いや記憶喪失などで今はそう思えないだけで、 本来はこの姿があるべき姿だったと考えられなくもないのか? 普段なら考えもしない気味の悪いことが頭の中に浮かんでは消えていった。 何をバカなことを……いや、本当はそういうことを一番恐れているんだろうな、俺は。 昨日の朝比奈さん(長門)の話によると俺たちを元に戻せない可能性が僅かではあるがあるらしい。 このまま俺は古泉として一生を過ごすことが確定的になったとき、 俺はいったいどのように生きていけばいいのだろうか。 もはや元より俺は古泉だったとして第二の人生を送らなければならないのではないか? はっきり言って今、俺は元々俺であると主張する自信はない。 つい二週間ほど前の終わらなかった夏休みを思い返してみてもそうだ。 あのときまさか俺は一万うんぜん回もの夏休みを経験しているとは体感では全く気づきもしなかったのだからな。 人間の主観性というものは意外と当てにならない物だ。 地下の食堂で朝食を取り、急いでホテルをチェックアウトし学校へ向かう。 外は9月だというのに朝から蜃気楼の立ち上るような暑さだ。 今日も30度を越える真夏日になりそうだ。 その中を必死に汗をかきながら坂を登っていく。 本当ならこんな日は休んでしまいたい。 今日はいろいろやらなければいけないことがあるのだ。 まだ学校の始まる時間には余裕で間に合うが、 早めにクラスに着いて、今日のやるべきことを考えなくては。 何せ長門(古泉)いわく、なんでもハルヒは今イライラの最高潮にあり、 早くハルヒ機嫌を直さないと俺たちが元に戻る前に世界が消滅する可能性もあるらしい。 この一見平和に見える街の風景が明日にも崩壊の危機に面しているとは誰が知るだろうか。 今日やらなくてはいけないこと。 まずそれはハルヒの機嫌を直すことだろう。 だが何が機嫌を悪くしてるのかはちっともわからない。 そのためにはまずハルヒの様子を伺うことが大切だ。 昨日の夜も機嫌が悪かったようだし、 もしかしたら学校に来ていない可能性もある。 まずはその辺りから確認することにした。 古泉(俺)のクラスの9組は3階の一番端にあるクラスだ。 1年5組の教室はさらにその1つ上の階にある。 まだ朝のHRまでは時間があるので5組の様子を伺いに行く。 まだハルヒは来ていないようだったが、いつも俺が座っている席に俺(朝比奈さん)がちょこんと座っていた。 なにやらおぼつかない様子で辺りをキョロキョロしていたが、 何もすることがなくただ時間が過ぎるのをじっと耐えているようである。 こちらの様子には気づいていないようだ。 あえて挨拶するのも変なのでそのまま通過することにした。 長門(古泉)のクラスはすぐ近くにある。 5組を通り過ぎてそのまま長門(古泉)のクラスを確認する。 窓側最前列の席が長門(古泉)の席であるが、 席に鞄も置いてある様子もなく、まだ長門(古泉)は学校に来ていないようだった。 そういえば長門(古泉)は昨日の話だと来れないかもしれないと言っていたな。 朝比奈さん(長門)も確認しておきたいが、おそらくあいつが休むことはないだろう。 それに二年生の教室はこの校舎の向かいにあり、特に用もなく二年生の校舎をうろつくことは ハルヒのような非常識人間を除けば普通はしないことだ。 今のところ確認できたのは俺(朝比奈さん)だけか。 階段を下りようとしたところで、バッタリとハルヒに出会った。 「あら、古泉くんおはよう。こんなところで何してるの?」 一瞬だけ心拍数が跳ね上がった。 古泉のクラスは下の階にある。 授業の始まる前の時間帯に古泉がこの階を通りがかることはたしかに不自然である。 「おはようございます涼宮さん。えー、ちょっと僕の友達に用があっただけですよ」 あっけなく「あ、そう」とだけ言い残しハルヒはそのまま5組の教室へと向かっていった。 このときほんの少しだけであったが、ハルヒの様子に違和感を感じた。 違和感といってもほんの微かな引っかかりであったが、 半年間この女の前の席に座って後ろからの強烈なオーラのようなものを浴びせられていた俺には、 なんだかそのオーラのようなものが少し減っているような、そんな雰囲気を感じ取っていた。 気のせいかもしれないが。 9組に入ると昨日と同じくクラスの女子のほとんどがこちらに挨拶してきた。 古泉(俺)はこのクラスでは全ての女子と仲がいいらしい。 これがコイツの本当の超能力は女にモテる能力に違いない。 特によく古泉(俺)話しかけてくるのが後ろの席に座るこのクラスの委員長である。 「おはよう、古泉くん」 「おはようございます。今日も朝から暑くて大変ですね」 挨拶を返し、にこやかに目を細める。 そして歯を見せるように笑いながら、ほんの少しだけ首を傾ける。 俺もそろそろ3日目になり、この古泉スマイルもなかなか様になってきていると思う。 「ねえ古泉くん、三時間目の数学の宿題ちゃんとやってきてる?」 「え?あ……」 昨日も一昨日もホテル泊まりでそれどころではなかったといいたいところだがこのクラスは特進クラスだ。 宿題をやっていないと後で教師に何を言われるのかわかったものではない。 「んもう、しっかりしてよね。……今回は特別だからね」 そういうと、委員長は自分のノートを取り出しそっと手渡してくれた。 綺麗な字で数式の証明と細かい式が書かれている。 宿題の範囲は完璧に抑えられているようだ。 彼女は古泉に対して好意を抱いているのだろうか。 俺としては彼女はとてもいい人なのでぜひともその思いを遂げさせてやりたいものではある。 この親切も委員長にとってのポイント稼ぎに繋がるといいんだが、 いかんせん俺は本当の古泉ではない。 あと数日したら元の俺に戻る存在なのだ。……99.9996%ぐらいの確率で。 この記憶はおそらく古泉には受け継がれず俺個人が抱えることになるのに、 俺は彼女に嘘をついているような心境だ。 本当に申し訳ない。 そんなことを考えつつも、とりあえず今はこのノートを写す作業に取り掛かった。 今はそれどころではないのだ。 サンキュー委員長。 あとで元に戻れたら何か礼くらいしようと思う。 戻れなくてもこれはこれでアリなのかもしれないが。 一時間目が始まり、俺はずーっと考えていた。 ハルヒのストレスの原因は何か…… 考えられる要因はいくつかある。 この数日間、俺たち4人は中身が入れ替わっている。 こんな怪しい状況にも関わらずハルヒにはそのことは当然のように内緒だ。 もしかしたら俺たちが何か隠し事をしていることを直感で感じ取っている可能性もある。 仲間はずれにされたような気になっているのかもしれない。 あるいは無限に続いていた夏休みが終わってしまい、いまさらながらに休みがまた恋しくなっているのか? ハルヒはあんだけ遊んでもまだ遊び足りないっていう態度だからな。 長かった休み明けで憂鬱になるのは誰にでもあることだ。 しかし何より一番大事なことはこの4人の入れ替えとハルヒのイライラが同時にほぼ発生したということだろう。 この2つはおそらく無関係ではない。 つまりその場合4人の入れ替えはハルヒのイライラと関連性があるということだ。 そして気になるのが昨日朝比奈さん(長門)が言っていたことだ。 朝比奈さんの言動がハルヒに影響を与えたかもしれないということ。 それは朝比奈さんが無意識的に思っているところで、 朝比奈さんに直接聞いてみてもすぐにはわからないかもしれないが、 数日前にハルヒと朝比奈さんの間で何らかのやりとりがあったということは考えられる。 とにかく俺(朝比奈さん)に事情を説明してここ数日間で何かあったか聞いてみるしかない。 一時間目の授業の終わりの鐘が鳴るのを聞いて、 俺は1年5組へと急いだ。 もちろん俺(朝比奈さん)話を聞くためだ。 5組を通りかかる振りをしながら軽く中の様子を伺う。 俺(朝比奈さん)とハルヒがなにやら会話していた。 二人はそこそこ話が弾んでいるらしく、 俺(朝比奈さん)がうふふと口の前に手を置きながら笑い、 ハルヒもそれにあわせてニンマリと笑っている。 楽しそうだ。 二人はとても自然な感じで話し合っていて、 そこにいる俺が少しオカマっぽい笑い方をしていることなど気にもかけていない様子であった。 いったい何の話をしているのか聞き耳を立ててみると、 妹がアニメに出てくるキャラクターの動きを真似しようとして壁に頭をぶつけただの、 どうしたこうしたというなんとも他愛もない話だった。 いつもの俺もこんな感じで話をすることはある。だが何もこんなときに…… 体の中に焦りとも違う何か妙な感情が浮かび上がるのを感じつつもそのまま様子を伺ったが、 なかなか俺(朝比奈さん)とハルヒの会話は終わりそうにない。 無理に連れ出すことも出来なくはないが、授業の合間の休み時間は短い。 それにここでハルヒの機嫌を損ねるのは余り得策とはいえない。 この調子ではまたの時間にするしかないようだ。 9組への帰りの途中、長門(古泉)のクラスを覗いてみた。 机の横のフックに鞄はかかっておらず、長門(古泉)の席は空席になっていた。 今日は来ていないのだろうか。 そうすると昨日からまだハルヒの精神不安定が続いているということになる。 今朝ハルヒに会った様子ではそれほど機嫌を悪くしているように思えなかった。 今もそうだった。 だが、現実としてハルヒが現在も閉鎖空間を頻繁に発生させているのであれば それに対して何かしらの処置を施さなければいけない。 こういうとき今までの俺たちはいったいどうしてきただろうか。 古泉は前に言っていた。 中学時代のハルヒは常に精神が不安定な状態で、 数時間おきに閉鎖空間で巨人を生み出しているハルヒは、 さぞ凄まじいまでのストレスの塊であったことだろう。 そのストレスによる発生する閉鎖空間から世界の崩壊を救うために組織されたもの、 それが古泉を含む人間たちで結成された『機関』であった。 今までの小規模な閉鎖空間であればSOS団内でなんとか解決できたかもしれない。 しかし『機関』ですら対処のしようのない規模の問題をいったいどのように解決すればいいのだ。 9組の手前の廊下に差し掛かったところで廊下の向こうに朝比奈さん(長門)を発見した。 隣にいるのはあの元気印の上級生鶴屋さんだ。 なにやら二人で楽しそうに話をしている様子だ。 いつもなら普通の光景だが、よくよく考えるとこれは少し不思議な光景であった。 あの朝比奈さん(長門)が人と話している。 それも僅かではありながらも笑顔を交えながら。 彼女の中身を知るもののみにわかるこの不思議さ。 あの長門が感情を表に出すという仕草を形なりにも出来るようになっているという変化は 成長と見るべきか異変と見るべきかこれは大いに興味が注がれるところであった。 長門にとって朝比奈さんの体に乗り移るという現象は 無表情な宇宙人にとって、感情表現を体得するいい機会になったのではないか。 とにかく長門は朝比奈さんに成りすますことに徐々に慣れてきているようであった。 「うわーお、一樹くんっ!久しぶりっ!元気してたっ?」 遠くからこちらを見つけて威勢良く右手を振りながら鶴屋さんが駆けつけてきた。廊下は走らない! 「次の授業は教室移動なのさっ。みくるもこのとおりっ! ……んんんん?あれあれっ今日はどうしたのかなっ? めがっさ重そ~な悩みを抱えた顔してるね!お姉さんにちょろ~んと話してみないかいっ?」 表情を読まれている。 しかしこれはちょろ~んと話せる内容ではないのだが。 「はは~ん、わかったっ! 一樹くん、ハルにゃんのことで何か悩み事を抱えているにょろ?」 このにょろにょろ語使いの上級生は他人の心が読めるのだろうか?少し怖くなってきた。 もういっそのこと全部ばらしてみたくなった。 この人ならなんとなくだが俺たちの秘密を最後まで厳守できるような気がする。 「だって一樹くんいっつもハルにゃんのことっばっかり考えて行動してるじゃないのさっ! 今回もきっとそうなんでしょっ?んっ?」 古泉がハルヒのことを第一に考えて行動していたとは知らなかった。 人の隠れた一面とはなかなか他者の視点からは見えないということか。 ここは一つ、元気属性ではハルヒに似ている鶴屋さんなりの意見を聞いてみるか。 「最近、涼宮さんの様子がおかしいんです。 何かに退屈してるのかずっとイライラしている様子でして…… 本人は普通に振舞っているのでなかなか聞きづらいのですよ。 ……どうしたらいいでしょうかね? まさにお手上げ状態といったところです」 「うぷぷぷ、うまっあーっはっはっはっはー。く、くくくぅ…… ごめんよう、いやぁっなんでもないっ!なんでないよっ!! こういうときこそ一樹くんの出番じゃないさっぷっ! ハルにゃんはきっとまた一樹くんが何か楽しいことをしでかすのが待ちきれないんじゃないのかなっぷぷぷ!」 なにがそんなにおかしいのか。 「じゃ!あたしはもう時間だからいくね!頑張ってねーっ! あ、何か面白いイベントをやるときはあたしも呼んどくれ!何でも協力するからさっ!」 元気よく言い放ち、鶴屋さんは奥にある美術室へとスタスタと歩いていった。 朝比奈さん(長門)が美術室の前でこちらを振り向いて小さく口元を微笑ませながら手を振っていた。 その仕草はまるで天使が初めて地上の人に出会ったかのように初々しく神々しかった。 とにかく鶴屋さんがいうにはこういうときは古泉(俺)がなんとかしなくてはいけないらしい。 ──そうだ。 思い起こせばこの前の夏休みの合宿もそうだった。 古泉たち『機関』の人間はハルヒの退屈しのぎにはとても積極的であった。 ハルヒの機嫌が悪くなることがないように、 またハルヒが変な思い付きを実行に移さないようにするため、 何か行動を起こす前にあらかじめ先回りしてこちらからイベントへ導いていたのだ。 さらに今冬には雪山で合宿するという企画まであるらしい。 古泉たちだけではない。 コンピ研の部長の家で巨大カマドウマを倒したこともあった。 あれがSOS団に持ち込まれた初めての相談依頼だったな。 あれは長門の企画だったらしいがSOS団の存在意義を世間に知らしめたおかげでハルヒは上機嫌であった。 朝比奈さんはメイド服を自ら着てお茶汲み要員になったりバニーやナースの衣装を着たりなど、 ハルヒの言いなりになりながらも機嫌取りに終始している。 ハルヒ自身も自分の退屈を紛らわせるために野球大会に参加したり、 夏休みに団員全員を連れて遊びまわしたりもしている。 元はといえばこのSOS団自体がハルヒの退屈しのぎのために作られた物なのだから、 そういうみんなが行動を取るのは当然ともいえる。 そして俺だ。 俺はどうだった? 俺はハルヒの退屈を紛らわせるために自ら何かを企画したことがあっただろうか。 別に俺はハルヒが進化の可能性だとか神様だとか時間の歪みだとは思わないし、 そのせいでハルヒのために何かしろという上からの命令はない。 だが、SOS団という組織が退屈な毎日を打破するためのハルヒの望みであるとするならば、 そこの一員はハルヒの退屈しのぎをするというのが使命…… つまり運命の神様がいるとすればこういいたいのだろう。 次は君の番だと。 全く、ふざけるな。 である。 ハルヒ、お前は何様のつもりなんだ? ちょっと気に食わないことがあるとすぐに機嫌を悪くする。 それは宇宙人いわく、情報爆発を引き起こし、 超能力者いわく、世界を存亡の危機に陥れ、 未来人いわく、時空間に大きな歪みを作る。 まるで超新星爆発クラスの超巨大駄々っ子だ。 そんなところまで面倒見切れん。 しかし、ここは俺がやらねばなるまい。 残された時間は余りない。 古泉の話ではもって明日までだという。 すると今日か明日には何かハルヒの退屈しのぎのイベントを起こさなければいけないのだ。 これはもういまさら論議しても始まらないことなのだ。 クラスに戻ってからも授業のことなど何も頭に入らなかった。 ──何かハルヒにとって楽しいこと…… 考えれば考えるほど俺の頭の中は深みに嵌まっていった。 もともと俺の頭は深く考えて何かいい案が出てくるようには出来ていない。 そもそも今この場所で今日明日に開催されるアウトドアイベント情報など知るすべなどなく、 俺の頭の中では古泉の企画したような殺人偽装事件などは考えられるはずもないのだ。 ハルヒの今までの行動パターンからいって季節ものの企画には食いつきやすい。 秋といえば……ベタなところでスポーツの秋とかはどうだろうか。 前にやった野球のように無茶苦茶な現象を引き起こすことになるかもしれないが、この際は仕方がない。 だが果たしてスポーツをやってハルヒのストレスを解消できるのかは甚だ疑問である。 大食いの秋は昨日やったがハルヒのストレスは増大しているようだし、 アイツが自分で言い出した企画にも関わらずストレスを溜めるとはいったいどういうことなんだ。 ぐるぐると考えだけが積み重なって螺旋状の複雑な図形を作りながら浮かんでは消えていった。 はっきり言ってこんなことをしているのは時間の無駄であった。 あっという間に時間は過ぎていき、 4時間目の授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響いた。 昼休みだ。 周りの席からこちらに向けて集中的な視線が浴びせられる。 昨日、一昨日のパターンから言ってお弁当攻撃が予想されていた。 誠にありがたいことではあるが、今はやらなければいけないことがある。 俺(朝比奈さん)にどうしてもハルヒのことを聞いておかなければいけない。 授業の合間の休み時間ではおそらく時間も足りないであろうし、 ハルヒが一緒では聞けないし呼び出しするのも不自然だ。 よってハルヒと俺(朝比奈さん)必ず別行動になるこの昼休みに狙いを絞ったのだ。 しかし周りの女の子たちは古泉(俺)の机を中心に周りを固め始めていた。 麗しき乙女たちに囲まれてみんなの持ち寄ったお弁当を食う。 こんな機会がこれからの人生でいったい何回訪れるであろうか。 とりあえず昼飯を食ってからでもいいかな?そんな不謹慎な考えが浮かび始めた瞬間、 「古泉くん」 ふとそのとき後ろの席から声が掛かる。 「ちょっと話があるの……すぐ終わるから一緒に来てくれないかな……」 助かった。冷静に考えれば楽しい時間は高速で過ぎていきあっという間に昼休みは終わる。 今朝宿題を見せてくれた恩もあるし、彼女のいうことに逆らう理由はない。 委員長の誘いに連れられた形でなんとか古泉包囲網を突破することができた。 教室を出て行くとき、背中に痛い視線を浴びていたが今はそんなこと気にならない。後で古泉に回しておくツケだ。 階段を登る委員長の後をついて行く。 着いた場所は屋上に出るドアの前だ。 四ヶ月前ここでハルヒに部活作りに協力しろと命令されたっけね。 滅多に人が来る場所ではない。 だからこそ内密の話、例えば愛の告白なんかをするのに向いているかもしれないな。 ただ周りに転がっている未完成な美術品のせいで少しムードは足りないが。 委員長は両手をもじもじとさせながら足元に転がっているマルス像に目線を落としていた。 「あ、あのね、古泉くん……」 委員長が上目使いでこちらに熱い目線を投げかけてきた。 なぜか顔が耳まで赤くなっている。 こっちまでなぜか顔が赤くなりそうだ。 「明日の夜にうちのお庭でお月見パーティーをやることになったの。 あ、明日は満月で暦の上でも中秋の名月の日だからってことでね。 うちは毎年この日に友達とかを呼んでパーティーをするの。 それで……それでね…… 古泉くんに来てもらえないかなぁって……」 委員長はそこまでいうと少しうつむき加減で目をそらした。 明日はもうそんな日だったか……中秋の名月ってたしか旧暦の8月15日だったかな。 ここのところ実家にも帰れない日が続いていたので気にもかけなかったな。 それどころではないのだからな。 しかし明日そんな時間があるのだろうか。 長門(古泉)の話ではハルヒの機嫌が持つのが明日くらいが限界だと言っていたが、 それまでに機嫌を直していたらいけるかもしれない。 だが……今ここでこれからどうなるかわからない明日の約束が出来るはずがない。 ここはうまく丁寧に断ろう。委員長には悪いが俺とお月見したところで本物の古泉と仲良くなれるわけではない。 それに古泉の知らない記憶をこれ以上増やしても古泉にも悪いだろうしな。 口に出すのをためらっているとこちらの言葉をさえぎるように委員長が先に声を出した。 「あ、あ……そ、それでね、古泉くんの他にも涼宮さんやSOS団の方々も一緒にどうかなって ……迷惑だった……かな?」 「え?ハルヒもですか?」 思わずハルヒと呼んでいた。 古泉ならここは涼宮さんと呼ぶところだ。 意外な展開につい言葉が漏れてしまった。 「うん……だって、古泉くん……涼宮さんと一緒じゃないとダメなんでしょ? それにせっかくだからたくさんの人に来てもらったほうが楽しいかなって思って……」 いや、むしろこれはありがたかった。 ハルヒと一緒でもいいのだったらこの提案は天の助けともいえる。 そう、このとき俺の頭の中に天啓ともいえるべきいい考えが思い浮かんでいたからだ。 真っ暗な夜道にポツンとある街灯の明かりのごとくいささか頼りない考えではあったが、 しかしそこに一筋の光明を見出したのだ。 これを利用しない手はない。 「いえいえ、そういうことでしたらぜひ喜んでご招待させていただきます。 そうだ! 何かパーティの宴会芸でもSOS団の団員達で披露させていただきますね。 あと一つご相談なんですがSOS団とは直接の関係者ではないんですが、 僕の友達の一人も一緒にお呼びしてもいいでしょうか?」 友達とは鶴屋さんのことだ。 委員長は満面の笑みで首を縦に振った。 「うん。みんなで来てくれるとうれしいわ。それじゃあ、いっぱいお料理作って待ってるからね!」 委員長は 階段を元気よく降りて行った。 俺は委員長が見えなくなるのを見届けてから5組の教室へと向かった。 5組を覗くと予想通り俺(朝比奈さん)と谷口と国木田が机を囲んで弁当を食っていた。 「ふぇ? 古泉くん? きゅ、急にどうしたの?」 箸にウィンナーを挟んだまま動かなくなっている俺(朝比奈さん)の背中を軽く叩き、急いで立つように促す。 谷口が疑うような怪しい目つきでこっちを見ている。 急いでいるので形にはあまりこだわってはいられない。 構わず俺(朝比奈さん)の腕を引っ張り強制的に教室から連れ出す。 さきほどと同じく屋上へと続く階段を駆け足で登っていく。 「古泉くんって……キョンくんですよね? な、なんだか私にはさっぱりで…… そんなに急いでどうしたんですか?」 「実は話したいことがあるんです……」 俺(朝比奈さん)が落ち着くのを待ってから昨日の朝比奈さん(長門)から聞いた話を聞かせた。 要点をまとめるとハルヒのことで何か思い当たることはないかどうかだ。 「そう…だったんですか………長門さんが私の記憶から……そんなことまでできるんですね」 俺(朝比奈さん)はおもちゃを奪われた赤ん坊のように今にも泣き出しそうな表情をしている。 長門に知られると何かまずいことでもあるのだろうか。 「それでハルヒに何か言った記憶はありますか」 「涼宮さんが不機嫌になる原因が私にあったとは知りませんでした。 無意識に自覚している、と言われましても私自身そんなきっかけになりそうなことを話した覚えなんてないんですけど…… それにわたし、涼宮さんと二人きりのときにそんなに長くお話しなんてしてないです……」 「長門は言っていました。それは朝比奈さんとして俺には話せないことだと。 たぶんそれはすごく言いにくいことなんです。 でもそれがわからないとハルヒのイライラの原因がわからないんです。 朝比奈さん、言いたくないことは重々承知しています。 でも今はどうしてもそれを知らなければならないんです」 「うーん……」 俺(朝比奈さん)は考え込んだままじっと目を瞑っていたが、 ときどき顔を赤くしてはそのたびに首を振るばかりで何か思いついたような表情は最後まで見せなかった。 どうやら本当に覚えがないらしい。 「そういえばこの前の日曜日……ハルヒと一緒になりましたよね?」 朝起きて俺たちの体が入れ替わっていることに絶望を覚えたあの9月8日。 その前日の日曜日に、俺たちSOS団の面々は恒例の不思議探検パトロールに全員で参加していた。 この探索自体はいつものとおり何事もなかったんだが、 午後の回でグループ分けをしたときに朝比奈さんとハルヒがペアになった。 このとき二人の間で何があったかはハルヒと朝比奈さんしか知りえないことだ。 「ええ、あのときはデパートに行ってきました。夏休み明けで新しいお茶が欲しかったのでそれを買いに…… その後は集合の時間までは近くの川原を二人でお散歩しました。特に変わったことは何も起こりませんでした」 「そのとき少しくらいは二人で話とかはしましたか?」 「ええ、しましたけど……どんな内容だったかはほとんど覚えてません。もちろん禁則に触るようなことは何も……」 まあ、いちいちそんな細かいことなど覚えていないのが普通だろう。 俺だって昨日どころか今日の授業だって先生が何を話していたかなんてほとんど覚えちゃいないぜ。 だが、記憶の奥底に眠っていたからこそ長門がそれを知りえたのだ。 「未来に教えてもらうことは出来ないんですか?」 「ええ……未来からは何の指示も……こちらの申請も全て審査中です。 おそらくこのまま……この申請は通らないと思います」 俺(朝比奈さん)はガックリと肩を落とす。 ここで朝比奈さん(大)が出てきて「これはこういうことだったのようふふ」なんて教えてくれれば早いのにな。 とりあえずここは手詰まりだ。 あとは朝比奈さん(長門)に直接教えてもらうしかない。 この俺(朝比奈さん)の直接の許可があれば朝比奈さん(長門)に教えてもらうことくらいは出来るだろう。 俺(朝比奈さん9はまだ考え込むような表情を見せていた。 「ああ、そうそう。明日古泉のクラスの友達の家でお月見パーティーをすることになったんですが……」 「あっ!!!」 ふと急に俺(朝比奈さん)の顔が急に血の気が引いたようになった。 もしかしたらハルヒのことで何か思い出したのか!? やっぱり朝比奈さんとハルヒの間には何か因縁のようなものがあるのか!? 思わず俺(朝比奈さん)に詰め寄り肩を握る。 次の瞬間背中が一瞬にして凍りついた。 「こんなところで何やってんの、あんたら」 氷点下273℃くらいの冷たい言葉が浴びせられた。 …………おい。 なんでこんなところにお前がいるんだ。 普段ならまだ食堂で残り物の恩恵にあずかろうという時間ではないか。 「なんか嫌な予感がして早めに教室に戻ってみたのよね。 そしたらキョンはいなくて食べかけのお弁当が置いてあるだけ。 谷口に聞いたわ。古泉くんと二人で出て行ったって。 それで何やってるかと思えば古泉くんと二人きりで暗い階段の踊り場で肩を寄せ合ってる。 ……あんたアナル萌えだったの?」 ハルヒ…… 仮にも若い女の子がいうセリフじゃねえだろ。 黙ってハルヒの方を振り返ると鉄板をも貫きそうな目でこっちを睨み付けていた。 主に俺(朝比奈さん)を。 俺(朝比奈さん)は古泉(俺)の体に隠れながら震えるばかりだった。 俺が何かを言わなくてはならない。 「違うんですよ。ちょっと話せば長くなるんですが……」 「うちのSOS団にガチホモ団員はいらないわ」 俺もいらん。 落ち着け。ここで取り乱してはいけない。古泉を思い出せ。 あのわざとらしいまでの芝居じみた笑顔を。 「誤解です。涼宮さんを不愉快にさせたのでしたら謝ります 僕はずっと前からも、そしてこれからも完全ノーマルですから」 ハルヒは疑いの目でじーっとこちらを見ている。 ここで焦ったら負けだ。 「明日の夜は中秋の名月なのをご存知ですか? 簡単にいうとお月見の日ですね。 その日に僕の友達に一緒にお月見パーティーをしないかと誘われましてね。 しかもSOS団の全員でいけるみたいなんですよ。 まあ、普通は月を見ながらおだんごを食べたりするだけのものですが、 僕たちなりに違う盛り上げ方ができればと思いまして……面白く宴会のような形で開催できないかと」 急にハルヒの目が強烈な輝きを取り戻した。 「へぇ~。 お月見パーティーねぇ……そんなものがあるのねー…… ねえ古泉くん! それはもちろんタダよね!? やっぱりお餅ついた杵でウサギ追っかけたりするの!?」 それはなんというふるさとの歌だ。 お月見が毎年そんな動物虐待のイベントだったらグリーンピースが黙っているわけがないだろう。 「せっかくパーティーに誘われたのなら、何か宴会芸の一つでもやらなきゃいけないわね。 キョン! ヘソで茶を沸かすくらいのことできるわよね?」 俺をなんだと思ってやがる。ヤカンか。 「ふぇ?え、え、えーっと……たぶん…できません……よね?」 そこはたぶんじゃなくていい。万一にでも出来るようになってほしくない。 未来の力でなんとかされても困る。 「実は僕たちだけでちょっとしたネタを考えてまして…… 今僕たちがしていたのはそれの打ち合わせだったんです。 パーティーはついさっき決まったことなので後で涼宮さんにもお話しようと思ってたのですが、 さきほどクラスにはいらっしゃらなかったもので……」 「ああ、そうだったのね。なーんだ。変な勘違いしてたみたい。ごめんね古泉くん。 そうよね、いくらなんでもキョンが急にホモになるわけないわよねぇ。 ところでどんなネタをやる予定なの?」 「中身は明日になってからの方が楽しみではありませんか? 先に知ってしまうと面白さが半減してしまうと思いますが……」 「それもそうね。ん? ははーん……ニヤリ。ま、期待してるわよー! なんせ古泉くんはSOS団の副団長兼宴会部長なんだからね!」 古泉のいないところで勝手な役職を増やすな。 ところでなんだその途中の含み笑いは。気になるじゃないか。 ハルヒは何かいいことを思いついた子供のようにニ段飛ばしで階段を降りていった。 「朝比奈さん、そんなわけで宴会芸をやることになってしまいました」 「ふ、ふぇえーー!? そ、そ、そんなの無理ですよー!! いきなり明日だなんて絶対無理ですー!!」 「大丈夫です。いい方法があるんですよ。これなら何も準備が要りませんし、 絶対に失敗しませんから。……おそらく。 それにこの宴会芸は最初から俺たちでやるつもりだったんです」 そう、このネタなら間違いなくこの朝比奈さんにも出来る宴会芸だ。 そして受け狙いも……まあ、おそらく大丈夫だろう。 そのためにお笑い要員の鶴屋さんを呼ぶんだからな。 俺は俺(朝比奈さん)に宴会芸の内容を教えた。 「……本当ですかぁ~? そんなのでいいんですか? そんなにこれってなにか面白い芸なんですか?」 面白いかどうかは別として悲しいくらいまでに完璧だ。 きっと鶴屋さんは大爆笑に違いない。 教室に戻るともう昼休みはもうあと一分で終わろうとしていた。 古泉(俺)の机の周りに出来ていたバリケードのようなハーレムは全て解散となっており、 周りの女子の視線もいくらかクールダウンしたものになっていた。 結局お昼は何も食っていないがここは仕方ない。 席に着こうとしたとき後ろの席の委員長が何か含みを持った視線を投げかけてきたが、 こちらは何も言わずにただうなずくだけにしておいた。 次の授業の準備をしようとしてふと気づいた。 机の上にサンドイッチが二つ置いてあったのだ。 誰が忘れて行ったかは知らないがありがたく頂戴する。 うまい。 腹が減るとなんでもうまいというがこれを作った人は天才だね。 放課後、部室に入るといつものメイド服姿の朝比奈さん(長門)が一人で分厚いハードカバーを読んでいた。 じっと目線を本に落としたまま、こちらの様子などまるで気にしていないようであった。 「長門……朝比奈さんはそんな本は読まないぞ」 そういって朝比奈さん(長門)の手からさっと本を奪い取って栞を挟む。 そのまま長机の向かい側に本を放り投げた。 一昨日と同じやり取りだ。 朝比奈さん(長門)はこちらを向いて何も語らない目でじっと俺を見つめていた。 そんな目で見ても無駄だ。 とにかく今はそれどころじゃないってことを理解してくれ。長門。 ゆっくりと扉が開き、次に入ってきたのはなんとハルヒだ。 いつも扉を親の仇のように壊さんばかりの勢いで扉に体当たりをかますこの女が 今日は珍しく普通にドアを開けて入ってきた。 ついに扉が親の仇ではないことに気がついたか。 最後に俺(朝比奈さん)がやってくるのを見てハルヒはキリッとした顔で団長椅子の上に立ち上がった。 「さーて、全員揃ったようね。……ってあれ?有希は?」 「今日は朝からお休みです。なにやら風邪を引いてしまったみ……」 「そんなことより!」 長門の風邪をそんなこと呼ばわりか! なら俺に聞くな! 「今は秋よね?」 そしてまたこのパターンか。 「ええ、秋ですとも。 夏でもなければ春でも冬でもありません。立派に秋と言えるのではないでしょうか」 「はい、みんな秋といえば?」 「読書の秋」 瞬時に返答した朝比奈さん(長門)は立ち上がり、さっき俺に奪われた分厚いハードカバーを読み始めた。 ハルヒは朝比奈さん(長門)の方をちらりと一瞥すると、 次にギラリと俺(朝比奈さん)の方を睨んだ。 「え……えっと~。お月見は明日だから……紅葉の秋……とかですか?」 俺(朝比奈さん)は自信のなさそうにうつむいている。 「みんなぜんっぜんわかってないわねぇ! 秋といえばスポーツの秋に決まってるでしょう! 我がSOS団がこんな小さな部屋に立て篭もって何もしないということはありえないのよ!」 俺が昼間に考えたベタな選択肢と同じものを選んできやがった。 「この四人でですか? 今日これからではメンバーを集めるのは難しいと思いますが……」 これが古泉(俺)としての精一杯の抵抗だった。 普段の俺だったら一人で外でも走って来いと言うところなんだがな。 「何言ってるのよ。卓球だったら二人でも出来るじゃない。 さ、みくるちゃんも着替えて着替えて! ほーらキョン立て! 早く準備して!」 もはや決定事項になってしまったようだ。 今日のSOS団の活動は卓球になりそうだ。 朝比奈さん(長門)は後から着替えてから来るらしいので、先に卓球台を確保しにいくことになった。 「そうだ、卓球するのにはラケットも必要ねえ」 用意してないんかい。 あいかわらず行き当たりばったりの団長さんだ。 まあ、ハルヒのことだから卓球部が練習してるところを無理やり奪うんだろうなと思っていたら、 目の前を行進していたはずのハルヒが急に視界から消えていた。 足元を見るとハルヒが廊下にうつぶせになって倒れていた。 ハルヒ!? こんなところで何してんだ? おい、しっかりしろ! なんとか動き出したハルヒは廊下に四つん這いの姿勢でまた立ち上がろうとしたが、 生まれたての小鹿のごとく足を滑らせるようにしてまた倒れこんだ。 見ると顔面は蒼白と表現するしかなく、しかめっつらで呼吸が荒くなってきていた。 「大丈夫か!? 救急車を呼ぶか!?」 「ん……大丈夫……。ちょっと立ちくらみがしただけだから…… あれ……? 目の前が暗くて……見えない……」 いったいどうしちまったんだ。 さっきまで元気に人の練習の邪魔をしに行こうなんて言ってたやつが。 こんな状態で運動など出来るはずがない。 ひとまず保健室に連れて行かなくては。 俺(朝比奈さん)は後ろでおろおろするばかりで役に立ちそうに無い。 「このままハルヒを保健室に連れて行くから朝比奈さん(長門)を呼んで!」 「え!? え!? でも……」 「いいから! 早く!」 ハルヒは担ごうとした俺の手を払いのけるようにして抵抗してきた。 「大丈夫。いいから……」 何を嫌がってるんだ。 こんなところで寝ているやつが大丈夫なわけ無いだろ。 だが抵抗する手にいつものハルヒほどの力は無い。 これなら無理やりにでも運んでいけるはずだ。 ハルヒの脚を左腕でささえ、首を右腕で支える。 いわゆるお姫様だっこの状態だがこれなら暴れられても運べる。 案の定ハルヒは微力な抵抗をしたが、すぐに具合の悪さが優先したかおとなしくなった。 保健室のドアのところに先生の不在を知らせる札が垂れ下がっていた。 中には寝ている病人もおらず、 ベッドが2台ほど空いたままになっていた。 その手前の方のベッドにハルヒを持ち上げて寝かせ、上から布団をかぶせた。 ハルヒの表情は苦しさを訴えていた。 すぐにも救急車を呼ぶべきかもしれないがひとまず保健の先生に診てもらってからにしよう。 「ちょっと先生いないか探してくる。このままおとなしく寝てるんだぞ」 「古泉くん……さっきからまるでキョンみたい」 ……やばい。 俺さっきこいつのことハルヒって呼んでなかったっけ? しかも口調も完全に俺の口調だったような気がする。 「……待って。行かないで」 弱々しくハルヒが声を出す。 ハルヒがこんなに弱っているのははじめて見る。 孤島で古泉の作った殺人ミステリーに巻き込まれたときより弱っている。 不意に保健室に無言の時が訪れた。 その静寂を打ち破って、急にガラリと扉が開かれた。 全身ピンクのナース服に身を包んだ看護婦さんが立っていた。 いや、今は看護婦じゃなくて看護士っていうんだっけ? どちらにせよその人は本物の看護士でもなんでもない人だ。 長い髪をたなびかせてハイヒールの足音をカツカツと立てながらこちらに歩いてくる。 頭に載せたナースキャップが少しだけずれているのもポイントだ。 胸の部分がこのナース服の規格にあっていないのか、今にも布がはち切らんばかりに張り詰めていた。 その姿にはどんな死人も一発で死のふちから呼び戻す魔力(男のみ)と、 どんな健常者でも退院の日を拒むような神々しさ(男のみ)がそこにはあった。 右手に持った不釣合いなコンビニ袋がなければ俺も思わずクラリと倒れるところだった。 それくらいこの人のナース服は攻撃力が高い。 「みくるちゃん……」 「動かないで。これを」 朝比奈さん(長門)がコンビニ袋から取り出したものは120円くらいの菓子パンと牛乳300ml。 しめて250円くらいの物であった。 ところで長門。どうしてナースのコスプレをする必要性があったんだ。 ハルヒに卓球するから着替えるようにと促されて着替えた服がこれですか? あとで詳しく事情を聞くとして、どこで買ってきたのかそのパンと牛乳をハルヒに与えるのはどういうわけだ? まるでハルヒのこの病状を最初から知っていたかのようだ。 「食べて。おちついてゆっくり」 ハルヒは朝比奈さん(長門)から手渡されたパンを躊躇いながらじっと見つめていたが、 少しずつちぎって口の中に放り込んでいった。 そんなにまずそうな顔をするな。 朝比奈さん(長門)の買ったパンだぞ? その120円のパンは売るところに売れば1000円以上の価値を持つパンなんだぜ。 「少しずつ。この牛乳と交互に」 そういわれるままにゆっくりとハルヒは食事を取り終えた。 飯を食えば治るのか? ハルヒは貧血か何かだったのか? とにかくパンを食べたハルヒはすぐにさきほどまでよりだいぶ顔色がよくなり、 目が見えないといっていたのも治ったようだった。 それにしてもなんで朝比奈さん(長門)はハルヒの倒れるところを見ていないのにそれがわかったんだ? それにそのコンビニ袋に書かれているコンビニはこの学校の近くにはなく、 坂を下りて駅の近くにまで行かないとたどり着かない。 まるであらかじめ準備していたかのようだ。 「ごめんなさい」 この場面でこのようなセリフを聞くとは思わなかった。 どうみても迷惑をかけているのはハルヒの方なのに、 謝ったのは朝比奈(長門)さんであった。 朝比奈さん(長門)がハルヒに向かってごめんなさいと言ったのだ。 「なんでみくるちゃんに謝られなきゃいけないのよ…… 別にあたしはなにも気にしてなんか無いんだから」 「先日のわたしの不用意な発言があなたの自尊心を傷つけたのならここに謝罪する」 「とにかくみくるちゃんは関係ないんだから……」 ハルヒは何も言わずに体を回転させ、ベッドに横向きに寝転がった。 ハルヒはそれ以降声をかけても何の反応も示さなかった。 朝比奈さん(長門)と俺(朝比奈さん)と3人で部室に戻り詳しく話を聞くことにした。 すると朝比奈さん(長門)の口から意外な事実が告げられた。 「涼宮ハルヒは今日の朝から何も食べ物を口にしていない」 「え……!?」 「その前の日も、口にしたのは朝に食べたリンゴ一かけら程度」 朝比奈さん(長門)はどうやらハルヒの毎日の食事まで観測しているらしい。 「わたしは涼宮ハルヒがなぜこのような自虐行動をとるのか原因がわからなかった。 しかし、朝比奈みくるの潜在意識の中からはこれに対する答えが導き出されてきた。 彼女は朝比奈みくるの発言を受けて以来、 自己の体重を減らすことを念頭に置いてそのような行動をとっているらしいということを認識するに至った」 そうだったのか……。 体重を減らす、つまり…… ハルヒはダイエットをしていたのだ。 ハルヒにとっての秋は大食いの秋でもスポーツの秋でも月見の秋でもない。 ダイエットの秋だった。あんまり聞かないが。 あのハルヒがなぜダイエットなんかしなくてはならないんだ? 何のために? 誰のために? しかもその方法がリンゴ一口しか食べないなんてふざけるにもほどがある。 素人にもわかる明らかに危険な減量法だ。 「しかしわからない。なぜ彼女はあのような行動にでるのか」 「長門、お前はこのことをずっと知っていたのか。 なんですぐに教えてくれなかったんだ? そうすれば閉鎖空間があんなに発生する前に止めることが出来たかもしれないじゃないか」 「そのことが閉鎖空間の発生と結びつかない。 なぜ食事を取らないと閉鎖空間が発生する?」 この宇宙人製の人間型端末は人間のストレスの仕組みを全然理解して無いらしい。 「長門、朝比奈さんの中でハルヒがダイエットするきっかけになったと推測するセリフって再現はできるか?」 朝比奈さん(長門)はじっと俺(朝比奈さん)の方を見つめていた。 話してもいいのかと聞いているようであった。 「お、お願いします。わたしにもなんであそこで謝らなければいけなかったのかわからないので聞かせてください」 「そう。了解した。 ただし推測される発言が幾多にも跨っている可能性があるので前後の会話と併せて聞かせる。 ……朝比奈みくると涼宮ハルヒが川原を散歩しているときのことだった。 並木通りのベンチに腰掛けた二人はしばらく何も話はしていなかった。 突然暇ねえと小さくつぶやいた涼宮ハルヒが急に後ろに回り込み朝比奈みくるの胸を揉みしだいてきた。 朝比奈みくるは必死に抵抗するも涼宮ハルヒの力には叶わずたちまち両胸は涼宮ハルヒの手に落ちた。 周りの通行人に聞こえるような大きな声で涼宮ハルヒが質問した。 あ~ら、みくるちゃんまた胸が大きくなったんじゃない? このこの。 涼宮ハルヒの問いに朝比奈みくるは顔を赤く染めるだけで何も答えない。 ただ揉んでいるだけの行動に飽きたのか涼宮ハルヒは指で乳首の」 「ちょ! あ、あああの~!……そ、その辺の描写は余り細かくしないでくれませんか?」 俺(朝比奈さん)が泣きそうになりながら朝比奈さん(長門)の腕にしがみついていた。 朝比奈さん(長門)は淡々と文章を読むがごとく平坦な口調で語っていた。 俺としてはもうちょっと臨場感溢れる演技を期待したいところだ。 「そう。了解した。 胸をひとしきりもみ終えた涼宮ハルヒは朝比奈みくるに質問した。 こんなに胸を大きくして地球をどうするつもり? 朝比奈みくるは答えた。 す、好きで大きくなったわけじゃありませんよう。 涼宮ハルヒはさらに質問した。 今ブラジャーのサイズって何カップくらいあるわけ? 朝比奈みくるは答えた」 「答えちゃだめーー!! フツーにだめー!!」 フツーに!?? 俺(朝比奈さん)が必死に朝比奈さん(長門)の口を押さえた。 俺(朝比奈さん)はこっちの視線を感じたのか、その顔がどんどん赤く染まっていく。 でもまだどの部分がハルヒの機嫌を悪くしたのかがわからない。 ここで止めるわけにはいかないのだ。 今わかったことは朝比奈さんの胸がいまだに成長期であることだけだ。 続けてください長門先生。 これ以上続けるのを嫌がる俺(朝比奈さん)を必死になだめ、 朝比奈さん(長門)にはいつでもストップをかけられるようにゆっくりしゃべってもらうことにした。 「そう。了解した。 涼宮ハルヒはさらに質問した。 みくるちゃんの前世って知ってる? ンモーって鳴いてた動物よ。 朝比奈みくるは答えた。 牛じゃないですよぅ。いじわるしないでください~。 涼宮ハルヒはさらに質問した。 そういえばみくるちゃんの背ってわたしよりちょっと低いくらいだよね? 朝比奈みくるは答えた。 あ、たぶんそうかもです。 涼宮ハルヒはさらに質問した。 ちなみに体重って今何キロあるの?みくるちゃん。 朝比奈みくるは答えた。 え、わたしの体重ですか? 最近2キロも重くなっちゃたんですが、よんじゅ……」 「わわっわっわあわああ!ストップです! もういいです! わかりました! わかりましたからあ!」 俺(朝比奈さん)が目に大粒の涙を浮かべながら朝比奈さん(長門)の口を止めた。 誘導尋問というやつか。 ハルヒは最初に相手の嫌がる質問からだんだんと聞きやすい質問へと絶妙なタイミングで相手を誘導し、 朝比奈さんの体重を聞きだしていた。 もうこれでわかった。 誰の目にも明らかであろう。 ハルヒは朝比奈さんの体重を聞いて愕然としたのだ。 で、40何キロだったんだ? 「朝比奈さんはつまりこの部分がハルヒの不機嫌の原因になったと考えてたわけか」 おそらく最近2キロ増えたというその体重よりハルヒの体重が重かったのだ。 「そういえば確かにこんなやり取りでした。 あのとき涼宮さんの表情が一瞬曇ったような気がしたんです。 2キロも、という発言はいらなかったかもしれないって気づいたんですが、 その後の涼宮さんの態度はいたって普通だったのですっかり忘れてしまいました」 このハルヒの行動からはもう一つのことが考えられる。 それはハルヒが朝比奈さんとの入れ替えを願ったということだ。 ハルヒには常識的な部分と非常識的な部分が混在すると古泉は言っていた。 ハルヒは自分が朝比奈さんになりたいと心のどこかで願ったとしても、 そんなことが出来るわけがないともう一人のハルヒに否定されるのだ。 そんな矛盾がどこかで願いに捻りを起こし、 今回の俺たちの入れ替え騒動に繋がったのではないか。 ハルヒに直接聞くわけにはいかないので、あくまでこれは推測の域を出ないのではあるが。 「朝比奈さん……でもこれちっともいつもどおりじゃないですよ。 昼休みに聞いたときはこの日何事もなかったように言ってましたけど」 「え、でもでも……涼宮さんはわたしと二人きりになるとよくこういうことをしてくるんです。 ただこのときは体重を聞かれてたんですね。そこがいつもと違うなんて気づかなかったです」 俺は心に決めていた。 次にもし中身が入れ替わることがあって自由に相手を選ぶことが出来るならハルヒになろう。 その前にこの鼻血を止めなくてはならないな。 俺は一人でハルヒのいる保健室へと向かった。 今いるSOS団の団員を代表して団長に直訴するためだ。 ハルヒはベッドに寝っ転がったままではあったが、 眠ってはいなかったようだ。 不機嫌そうに天井を見つめている。 「ダイエットでもしてたのですか? どうやらまともに食事も取っていないように見えるのですが」 「……そうよ。わるい?」 「なんでこんな無茶なことをしようなんて考えたんですか?」 ハルヒは寝たままムスっとした表情で憮然と答えた。 「知ってた? みくるちゃんってあたしより4キロも軽いのよ」 えええ!? ハルヒより4キロも軽いのか! ちょっと前は6キロも軽かったのか! ってあぶねえ。 思わず口を割りそうになった言葉をごくりと飲み込んだ。 あとはハルヒの体重を聞けば朝比奈さんの体重がわかってしまうな。 そんなもの聞く勇気は俺には無いが。 「朝比奈さんは涼宮さんよりも背が低いですから」 「でもあんなに巨乳なのに……それで4キロよ? しかもあんなに可愛い顔してるのに!」 顔は体重に関係ないだろ。 それだからこそお前が勝手にSOS団のマスコットに選んだんだろうに。 可愛いからって拉致ってきたのに今度は可愛いからって嫌いになるとか意味がわからないぞ。 やっぱりお前朝比奈さんに嫉妬しているのか? 「みくるちゃんは嫌いじゃないわよ。むしろ好きなくらい。 ただ……キョンが……」 俺? どうしてここで俺が関係あるんだよ。 そこでハルヒはまた黙ってしまった。 ハルヒは別にスタイルは悪くない。 むしろかなりいいほうだ。 かなり力はあるくせに意外なほど筋肉はついてないし、 背も高くはないし女子の中では体重は平均からやや軽い方だと思われる。 もしこの状態からいきなり4キロもの減量をしたら体調を崩すのは当たり前だ。 とにかくこいつのダイエットと世界が均等な価値であるはずがない。 頼むからやめてくれ。 「涼宮さん……彼も僕と同じことを願っています。 みんなすごくあなたのことを心配しているのです。 どうか無理に体調を崩すような真似はしないでください。 あなたは我がSOS団の団長なんですからね」 この瞬間頭に浮かんだセリフを言うべきかどうか、 俺は悩んでいた。 このままではハルヒを説得できるとは限らない。 もう一押しが必要なんだ。 言うぞ! 言え! 言え! 言っちまえ! 「それに……涼宮さんはそのままでとっても可愛いですよ さっき持ち上げたときもビックリするくらい軽くて驚きました。 むしろこれ以上やせてしまわない方がずっと素敵です」 うおぉぉぉぉぉ! やめろおぉぉぉぉぉ! しゃべった口ががムズ痒くなるようなセリフだ。 歯が浮くとはこのことだ。 もし目の前にどこでもドアがあったら今すぐオホーツク海に飛び込んでカニに体を切り刻んでもらいたい。 この体が古泉の体でなかったら絶対に言えないだろう。 もしこんなことを俺が言ったら次の瞬間にはハルヒの強烈な右フックをお見舞いされる。 古泉ならこんなことをいうこともあるだろうというSOS団の共通認識がこんなセリフを可能にした。 長門に元に戻してもらう際に記憶の消去をお願いできないだろうか。 「ちょ、ちょっとぉ、どこからそんなセリフが出てくるわけ? もうわかったわよ……恥ずかしいから変なこというのはやめて」 さすがのハルヒも顔を赤くしていた。 俺は自分がどんな顔をしていたのかわからなかったが、 きっと古泉(俺)のハンサムなニヤケ顔も真っ赤だったに違いない。 「でも……キョンもやめてほしいって思ってるのは本当?」 「ええ、本当ですとも。涼宮さんが体調を崩したのを見てとっても慌てていましたよ。 まるで我を忘れてしまったかのように焦っていました」 嘘ではない。 だからこそこうして目の前でお前を説得しているのだからな。 「そうね。もうこんな無茶なダイエットはしないわ。 あ~あ、悔しいけどスタイルではみくるちゃんには勝てないみたい。 それにいきなりあんな巨乳になるなんてできないしね……ところで」 ハルヒは急に顔を赤くしてこっちを睨み付けた。 「キョンにはこの話絶対にしないでよ!」 うん、それ無理。 なぜそこにこだわるのかはしらんがとにかくよかった。 ハルヒはもう無茶なダイエットをやめると言ってくれた。 本当にやめるかどうかは知らないが、ここはこいつの言うことを信じてやらないといけないだろう。 「でもこのままじゃなんか物足りないわ。 ねえ、もっと何か食べるものないの?」 いきなりだな。おい。 帰り道で偶然一緒になった鶴屋さんを誘って全員で駅前のお好み焼き屋に行った。 ハルヒの命令で俺(朝比奈さん)のおごりになったのは言うまでも無い。 後でこっそり長門(古泉)からもらった三千円を渡しておいたので正確にはおごりではないが、 ハルヒと朝比奈さん(長門)が物凄い勢いで追加注文するので会計はあっという間に三千円を軽々とオーバーしていた。 ちょうど食い終わってお店を出たところに長門(古泉)がいた。 俺たちが食い終わるのを待っていたのだろうか。 「あら、有希。今日は病気で休んでたみたいだけど大丈夫? 外から見かけてたのなら入ればよかったのに。キョンのおごりが増えたのにさ」 ハルヒはいじわるそうに笑うと長門(古泉)に手を振ってそのまま走って帰っていった。 走るのは食後の運動のつもりだろうかね。まったく。 長門(古泉)が話があるようなので俺たちは近くの公園へ行き、 近くの自販機で缶コーヒーを買ってから適当なベンチで腰掛けた。 座った瞬間長門(古泉)がふーっと息を吐きコーヒーを一口飲んだ。 「疲れたので今日はいつものしゃべり方で失礼しますね。 さきほどようやく涼宮さんの精神状態が安定してきました。 昼間はあっちで閉鎖空間を潰したと思ったら次はこっちでといった感じでして、 今日は一日中閉鎖空間の中でした」 おかげでこっちも大変だったんだ。愚痴はお互い様だぜ。 そして俺は今日あったことを長門(古泉)に説明した。 長くなりそうだったので朝比奈さん(長門)の乳揉み話は全て省略した。 「涼宮さんが体を壊すほどのダイエットをしていたと……なるほどね、ふふふ……」 「何がおかしい」 「失礼しました。彼女にそんな女の子らしい一面があるとは思いもよりませんでしたから。 以前ならダイエットなんて考えられないようなことです。 彼女は他人の目を気にするとかそういうことに関しては特に無頓着でしたからね。 これも女性としてきちんと成長してきた証として見てあげるべきでしょうね」 世の中の女性がみんなこんな無茶なダイエットを経験してるわけじゃないだろう。 「いえいえ、結構よくある話なんですよ。 ダイエットは女性なら誰でも一度は通る道です。 あの朝比奈さんだって2キロ増えたことを気にしてたみたいじゃないですか。 女性はみんな少なからずそのような意識を持っていると思うべきですよ」 古泉が得意げに女を語っていた。 まあ、だからこそあんなにモテるんだろうけどな。 「思えば涼宮さんからそれを伺わせるシグナルはいろいろと出ていたのです。 それに気づかなかった僕たちにも責任はあるでしょう。 そしてそれはこれからの僕たちの研究課題です」 僕たちの『たち』の部分には俺は入らないからな。絶対。 「大食い大会も朝比奈さんを太らせたいと願っていたのでしょうかね。 全く動じない朝比奈さんを見て逆に腹を立てていたとは。 それに自分はかなりの空腹状態にも関わらず、 みんながカレーを思いっきり食べているのをただ見ているだけというのはさぞかし辛かったでしょうね。 僕は涼宮さんの心理状態はかなり読めているつもりでしたがまだまだでしたね」 長門(古泉)に明日のお月見パーティーのことを告げると、 そのことを知っていたのか、あるいはなにやら思いついたのか、 こちらの提案を断り自分ひとりでやりたいことがあると言ってきた。 裸芸でもなんでもいい。とにかくハルヒの機嫌を損ねないもので頼むと言ったら、 任せてくださいと自信満々であった。 それから俺は今日泊まる部屋の鍵をもらい、長門(古泉)とその場で別れた。 その夜は体が入れ替わって以来、最も落ち着いた夜であった。 そうさ、明日はお月見じゃないか。 明日くらいは古泉の姿も思いっきり楽しもう。 窓から夜空を見上げるとほぼ満月に近い丸い形の月がこうこうと街を照らしながら光っていた。 月は何も飾りつけをしていないのに、ただそこにあるだけで十分美しかった。 ──4章へつづく── 第4章
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とある喫茶店。 女二人が向かい合って座っている。 「悪いけれども、今日は、男性を相手にするときと同じ口調で話させてもらうよ。そうしないと、平静を維持できそうにもない。僕は、涼宮さんとは違って、強い人間ではないのでね」 佐々木の発言に、涼宮ハルヒは黙ってうなずいた。 「では、何から話そうか?」 「キョンのこと、どう思ってる?」 涼宮ハルヒの単刀直入な質問に、佐々木はあっさり答えた。 「好きだった。……うん、そう、過去形だよ。いや、現在進行形の部分が全くないといえば嘘にはなるだろうけど、もう、諦めはついている」 「なんで? フラれたわけでもないのに」 「告白すればフラれるのは明らかだ。キョンに異性間の友情という命題について肯定的な確信を抱かせてしまったのは、僕だからね。自業自得というやつさ。キョンにとって、僕は友人以外ではありえない」 「友情が恋愛感情に変わることだって……」 「キョンはそれをあっさり否定したよ。あれはいつものちょっとした世間話だった。今でもはっきり覚えてる。『友情が恋愛感情に変わるなんてありえん。そんなのは物語の世界だけだ』とね」 涼宮ハルヒは、複雑な表情を浮かべた。 「不安になってきたかな? その不安は正しいと思うね。このままじゃ、キョンと涼宮さんの関係も友人関係で確定してしまう。変えたいと思うなら、今すぐ行動することだ。今ならまだ間に合う」 「なんでそう言えるの? キョンは有希やみくるちゃんが好きかもしれないじゃない」 「それはないよ。長門さんも朝比奈さんも、恋愛については意識的に避けようとしている。キョンは他人のそういう態度には敏感だからね。ほとんど無意識的になんだろうけれども」 「でも……」 「キョンの長門さんに対する態度は、父性的な保護者のものだ。これは彼が妹持ちなことが影響してるのだろう」 「それはなんとなく分かるけど」 「そして、朝比奈さんに対しては、二律背反的な感情を抱えてるように思える。憧れと同時にどこか反感めいたものも感じるんだ。反感の原因は分からないけどね」 涼宮ハルヒは、唖然とした。 普段のキョンの態度から見て、朝比奈みくるに対して反感を抱いているなんてことは想像もつかなかったから。 「その二人に比べれば、涼宮さんは無条件で魅力的な女性だよ、キョンにとっては。キョンをこれほどまでに引き付けられたのは、初恋の従姉妹のお姉さんを除けば、涼宮さんが最初だと思う」 「佐々木さんだって、充分魅力的なんじゃないの?」 「世の男性の抱く感情の平均値でいえばそうである可能性も否定はできないかもしれない。しかし、この場合は、キョンにとってどうであるかが問題だ。僕はキョンの恋愛感情的な意味での好みを満たすものを持ち合わせていない」 「キョンの好みって、どんなのかしら? いまいちつかめないのよね」 「これは話に聞くところのキョンの初恋の相手から分析した結果だけどもね。退屈を感じさせる暇すらないほどにパワフルで笑顔のまぶしい女性。簡潔にいえば、そんなところだ」 佐々木は、紅茶のカップに口をつけた。 涼宮ハルヒは、テーブルの上の紅茶のカップに触れようともしない。 「佐々木さんは、本当に告白する気はないの?」 涼宮ハルヒは、にらむように佐々木を見た。 「ないね」 「なんで?」 「キョンははっきりと断って上で、それでもなお変わらぬ友情を維持してくれるだろう。でも、僕はそれに耐えられない。ならば、現状の友人関係を維持し続ける方がベターだ。最初にもいったとおり、僕は涼宮さんほど強い人間ではない」 「なら、私をけしかける理由は何なの? 告白してフラれてしまえばいいなんて思ってるわけ?」 佐々木は苦笑した。 「正直にいえば、そういうどす黒い気持ちもないわけではないよ。でも」 佐々木はここで一度言葉を区切った。苦笑が引っ込み、真剣な表情に変わる。 「これは何よりもキョンのためなんだ。僕にとって彼が大切な友人であることには変わりはない。彼には幸せになってほしいと思う」 涼宮ハルヒのにらみつけるような視線は変わらない。 佐々木は、それを確認してから、付け加えた。 「友情が恋愛に質的転換を遂げうるのは、キョンにとっては、涼宮さん以外に考えられないんだ。彼が今後、涼宮さん以上に魅力的な女性に出会う可能性はほとんどないだろうからね。この機会を逃せば、キョンは一生独身だよ」 「……」 「言っておくけど、キョンの方から告白してくるのを待つのは最悪の選択だ。彼は、異性間の友情に疑問を持ってないし、今の涼宮さんとの関係に不満があるわけでもない。彼が自ら積極的な変化を望む可能性は0だ」 「キョンって臆病者?」 「あながち外れてはないのかもしれないけど、より適切な言い方をすれば、恋愛感情は精神病という教義の熱心な隠れ信者なんだと思うよ。初恋が破れたときの経験がトラウマになってるのだろう」 佐々木は紅茶を飲み干した。 「僕から話せることはこれぐらいだ。あとは、涼宮さんの判断に任せるよ」 佐々木は、伝票をもって、席をたった。 涼宮ハルヒは、紅茶のカップをにらみながら、ずっと考え込んでいた。 やがて、意を決したように顔を上げると、携帯電話を取り出した。アドレス帳の一番上にある電話番号を呼び出す。 「いつもの喫茶店に集合。今から30秒以内。遅れたら罰金」 一方的にまくし立てて、通話を切る。 彼が来るまでの時間。それは、彼女にとって永遠に等しいぐらいの長さに感じられた。 終わり
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ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その2から パスポートを受け取った日、ハルヒはいきなり俺からそれを横取りし、どこかの悪の党首へか、その写メを送っていた。 「親父の携帯へよ。旅行会社に教えとかないといけないんだって」 ハルヒは、俺にパスポートを返しながらそう言った。 「それにしても変な顔ね。もう少しマシなの、なかったの?」 返しながらも、ハルヒは妙に固まってるポスポート添付の俺の写真にケチをつける。 「いきなり連れてこられて、そこのコイン写真機で撮ったんだろ。マシとか、そういう問題か」 するとハルヒは「ちょっと待ってなさい」と言い捨て、そのコイン写真機の中へ飛び込むように消えて行った。 数分後、コイン写真機の横で、ハルヒと俺は写真が出てくるのを待っていた。 「ほら、どう?」 ハルヒが引っ掴み、俺の顔の前に突き出した写真には、100ワットの笑顔で笑ういつものハルヒがいた。 「こういうのはね、コツがあるのよ」 「それを撮る前に教えろよ」 「つまり……好きな奴が目の前にいるとイメージすんのよ。んもう、うっさいわね!」 「いや、まだ何も言っとらん」 「じゃあ、この話題、終了!」 「……かえって目つぶりそうにならないか?」 「ん、何?」 「いやいや.終了だ、終了」 「なに、何なの? 言いなさい!」 幸運にもハルヒの携帯から着信音がなり、追求は中断した。 「親父? 今のちゃんと撮れてなかった? あ、そう。キョン、あんたにだって」ハルヒから携帯を受け取る。 「お電話かわりました」 「代わられました、涼宮親父です。あのな、トランクだが、うちの連中の分は、まとめてレンタルしようと思ってるんだが、一口乗るか?」 「あ、ええ。俺も持ってないんで、お願いできるなら」 「じゃあ、出発の2日前に自宅に配達されるようにしとく。デザインの方は任せてくれ。誰ともかぶらないオリジナリティあふれるやつにしとくから」 俺の耳に着けた携帯に、向こう側から自分も耳をくっつけていたハルヒは、そこでいきなり自分の携帯を奪い、もとい取り返し、親父さんに相手に吼える。 「あんた、キティーちゃんの浮かせ彫りみたいなのにしたら、ただじゃおかないからね!」 「わかった、わかった。切るぞ」 「あ、もう。切れたわ」 「なんだ、その、浮かせ掘りって?」 「昔、親父にレンタルするトランクを頼んどいたら、なんとあたしののデザインが、ミッキーマウスとミニーマウスが、ソーラン節を踊り狂ってるようなトランクでね」それ、想像できるか? 俺にはできん。 「小学生ながら、顔から火が出たわよ」 「なんか急に不安になってきた」 「どうせ3泊4日なんだし、トランクなんていらないんじゃないの?」 「そうなのか。旅慣れないせいか、そういうのは、どうもよくわからん」 「南極行くってんなら、着るもの食べるもの、生活に必要な一切を持って行かなきゃならないだろうけど、今時、どこの国でも都市に出たらコンビニはあるしネカフェもあるし、手ぶらで行って必要なものを現地調達すればいいのよ。気候だって違うんだから」 「で、おまえはどうすんだ?」 たしか合宿のときとか確か軽装だったよな。 「トランク? もちろん持って行くわよ。あたしは万事において全力でいくのがモットーだから。旅行の荷造りだって例外じゃないわ!」 その気合いはどこに向けられてるんだろうね? 俺にとっては始めての海外旅行だが、万事あの親父さんが取り仕切り、そこに万一遺漏があったり、十に一悪ふざけがあったにしても、さらにその奥には、ハルヒのあのハイパー母さんがいる訳で、パスポートもとれた今、俺には何をやることもなく、心の準備すらもなんだかどうでもいいような気がして、ただ出発までの日を、いつのもの日常をのんべんたらりと過ごすだけなのであった。 それはハルヒも同じことのようで、部室でネットを見ているときに、巡回先が今回の行き先の何とか島だったり、そこでの何とかスポットであることを除けば、これまた、しごく心おだやかに暇を持て余しているのだった。 「いやいや。そうとばかりも言えませんが」 何だよ、古泉、また宇宙の危機か? 俺には時折パソコンの向こうから、くふふふ、とか、えへへへ、といった間抜けが声が聞こえてくる以外は、まったりとしてその上どっぷりな日常しか感じられんぞ。 「ええ、涼宮さんは極めて上機嫌です。このところ閉鎖空間の発生もありません」じゃあ、ノー・プロブレム。問題なしだ、良いことじゃないか。 「……今回、あなたという人間が、ご自分のことについても、極めて鈍感な方だということがわかりましたよ」 大きなお世話だ。顔が近い、それをさらに近づけるんじゃない、古泉。 「まさかと思いますが、『ぐひひひ』とか『えへへへ』とか『ハルヒの水着か……』などと、つぶやいているのに気付いておられないのですか?」え? 誰が、何をだって? 「いえ、もう結構です。失礼しました」 古泉は、失礼な言いがかりを付けるだけ付け、後ろから誰か気配でも感じたのか、少し振り向くと急に立ち上がった。それと同時に、もう一人が椅子を引いて立ち上がり、つかつかとこっちに近づいてくる。 「こ、こ、こ、この、エロキョン! 顔を洗って出直しなさい!!」というハルヒの怒声にタイミングを合わせ、長門が本を閉じる。本日のSOS団、終了。 SOS団は解散となったが、俺は居残りを命じられ、着替え終えた朝比奈さんが小さくぺこりと頭を下げ去って行くのを見送りながら、部室の前の廊下に立っていた。古泉と長門は先に帰った。数十秒後、ドアが開いて、頭から湯気をあげ、まだゆでダコ気分が顔から抜けないハルヒが現われた。 「やっぱり、あんたに任せっきりにすると、ろくなことがないわね」 そういって、ハルヒは右手の人差し指を、俺の眉間に撃ち抜かんばかりに、びしっと俺の顔に突きつけた。 「今日はあんたの家で、あんたの分の荷造りをするわ。あたしが旅行の心構えってものを、一から教えたげるから覚悟しなさい!」 「いや、しかし、トランクがまだ来ないだろ」 「そんなものはどうとでもなるのよ!」 そう言い終わらないうちに、ハルヒは携帯でどこかに電話しはじめた。怒ったり泣いたり笑顔になったり、電話だけで十二面相をやらかした後、息を切らせながらも、いつもの100ワット笑顔となって電話は終了。 「はあはあ。どんなもんよ! これで、トランクは今日の6時にあんたの家に配達されるわ」 「そうか」 心の中で見えない拍手。パチパチパチ。 「時間が少しあるから、帰りに必要なものの買い出しにいくわ。それからあんたの家を直撃よ!」 「なあ、ハルヒ。言ってもいいか?」 「意見だけなら、いつでも聞いてあげるわよ」 「泥水も飲める携帯ストロー型浄水器って、どこで使うんだ? っていうか、どういうとこへ行くつもりなんだ?」 「万が一ってことがあるでしょ。海外旅行で一番油断大敵なのが水なのよ、覚えておきなさい!」 「というか、さっきから俺たち防災グッズ・コーナーにずっといるんだが」 「うっさいわね。そのストローは、泥水だけじゃなくてお風呂の残り湯だって飲めるのよ! ……って、なに想像してんのよ、このエロエロキョン!!」 「しとらん! 想像してんのは、おまえだ、ハルヒ!」 「覗くのももちろん、飲むのも禁止だからね」 「飲まん! そこまでマニアックじゃない!」 「マニアックだっていう自覚はあったんだ……」 「……な、ない!」 「次はこれよ! 耳掛け式強力LEDライト!明るさは2段階調整。イヤークリップの付け替えで左右どちらの耳でも装着できるわ」 「今度行くところには洞窟とかあるのか?」 「ないわ」 「じゃあ、いつどこで使うんだ?」 「夜に決まってるでしょ。そんなことだから『昼行灯』とか言われるのよ」 「誰も言ってねえよ、そんな古風なあだ名」 「とにかくヘッドランプなんて大げさでしょ。これを、ちょいと耳にひっかけておけば、夜間作業もバッチリよ」 「俺は夜中に穴なんか掘りたくないぞ」 「まあ、あたしたちが使うのは、せいぜい夜とか飛行機内での読書灯かしら」 「長門に土産に買っていってやるか」 「土産じゃないでしょ!」 「次はこれよ!折りたたみ式でコンパクトになる携帯用蚊帳その名もスパイダー」 「おまえ絶対、テレビ・ショッピングのヘビー・ユーザーだろ?」 「あたりまえでしょ。『通販生活』だって定期購読してるわよ」 「しかし携帯用の蚊帳なんて必要なのか?」 「いちいちうるさいわね。ジャングルでビバークする時の必需品でしょ。そんなことじゃゲリラ戦を勝ち抜けないわよ」 「そんなトーナメント戦、出たくねえよ」 「うるさいわね、蚊帳の外に置くわよ」 「どこの大喜利だ!」 「お、ハンモックがあるじゃないか」 「あんた、そんなもの欲しいの?」 「ヤシの木陰でハンモックで昼寝するなんて、子供時代、誰だってあこがれる夢だろ?」 「昼寝って、あんた南の島に何しに行くつもり?」 「何って、リゾートだろ?」 「あんたの場合、『湯治』と書いて『リゾート』とカナを振るんでしょ?」 「うまい」 「うまくない! あんたなんか、日本にいたって学校にいたって、居眠りしてるんだから、怠け者の節句働きよ! もっとアクティブなことやりなさい」 「たしかに休日の方が、ぶらぶら市街探索とか、おまえと映画行ったり飯食ったり店ひやかしたり、意外と忙しくしてるな」 「ちょっと! 突っ込みどころ満載よ!『ぶらぶら市街探索』って何? やる気がべそかいて逃げていくでしょうが! 『おまえと映画うんぬん』は、きっぱり一言『デート』でいいのよ!」 「い、いいのか?」 「こ、この際だし、許す。で、でもねえ!」 「まだ、なにか?」 「一緒に行くのに、だいたいハンモックなんて、一人でしか寝られないじゃないの!」 「いや、二人用もあるみたいだぞ」 「キョン、それ、いっときなさい」 「耐過重1000キログラム」 「そんなに重くないわよ!」 「わかってるって」 「次はこれよ! 体温保持率90%で氷点に近い外気温の下でも体温が下がるのを防ぐ、手のひらサイズにたためるヒートシートビビーサック!」 「んー、南の島に行くんじゃなかったかしら、私たち?」 「ハルヒの母さん!」「母さん!」 「サバイバル・グッズ・コーナーで、大騒ぎしながら品物選んでる制服カップルがいるって、近所の奥さんが教えてくれたの」 「「……」」 「それ、全部持ってくの? トランクじゃなくて、トレーラーが必要じゃないかしら?」 「戻してくる」「きます」 ハルヒの母さんと別れ、正気に返った(?)ハルヒと俺は、その日の残りの予定、つまり「トランクに旅行の荷物を詰め方を実践で学び、同時に海外旅行の心構えを習得する」を消化するために、俺の家へ向かった。 玄関を入ると、そこには見知らぬトランク・ケースが鎮座している。恐る恐る近づいて開けてみようとすると、そこはお約束、 「あー、ハルにゃん、キョン君、おかえりなさーい」 「ただいま」 「おまじゃまするわ、妹ちゃん」 「はーい。ねえ、キョン君、そのおっきなカバンにまた入ってもいい?」 「いけません」 俺は妹に言い聞かせるように説明した。 「いいか、飛行機に乗るには、こういう大きなカバンは、チェックインカウンターというところで預けないといけないんだ。飛行機はでかいから何百人という人が乗り込む。つまり何百人分の大荷物を急いで飛行機に放り込まないといけないから、空港では預けられた荷物はとても乱暴に扱われるのが普通だ。このトランクのこことここ、それからこのあたりを見てみろ。傷だらけだろ。空港では何しろ時間がないから、トランクなんか放り投げたりする。だから、トランクの中に少しでも隙間があると、中は無茶苦茶になってしまうんだ。そうだよな、ハルヒ?」 「あ、うん。そうよ。だから今日も、キョンの荷物が無茶苦茶にならないように、あたしが詰め方を教えに来たの」 「そうなんだー。ハルにゃん、今日、ご飯食べてく?」 「うーん、ごちそうになろうかな」 「わーい。お母さんに言ってくる。じゃあ、ごゆっくりー」 「ねえ、さっきのトランクの説明だけど」 「ああ、口からでまかせだ。おかしかったか?」 「ううん。おかしくない。あんたって、時々わからないわね」 「……実はネットで調べた。その、なんだ、俺なりのモチベーションの高め方というか……」 「うん……時々わからないわ」ハルヒはそれっきり口を閉じて、それから目を閉じた。顔と顔の距離が、どちらかということなしに近づいていく。そして…… ドアはノックもなしにいきなり開けられた。お約束。 「ハルにゃーん! お母さんが、台所、いっしょしたいって!」 「うん、手伝う。すぐに行くって」 「はーい」 兄にノックの件を小言すらさせないのか、妹よ。あー、どうして顔面がこんなに熱いんだろうねえ。 「じ、じゃあ、あたし、ちょっと、行ってくる」 「あ、ああ。すまんな、いつも」 「い、いいって」 ハルヒがパタパタという音を立てて階段を下りていく。あの「ハルヒちゃんに何をしたの!?」の後だからなあ。まあ、そこはハルヒ、如才なくやるだろうが。あー、それにしても、どうしてこう顔が熱いんだろうねえ。 夕食は、いつもの俺ん家の夕食プラス1(ハルヒ)といった、すでに見慣れた通りのものだった。あとでハルヒに聞いたら、夕食を用意している時も、うちの母親もいつもと変わらなかったという。 というわけで、本日のメイン・イベント、涼宮ハルヒ博士による「トランクの詰め方」だ。 「まず、開けてみて」 「こうか(ガバっ)」 「中に鍵がついたタグがあるでしょ。それに暗証番号のセットの仕方が書いてあるわ。まあ3〜4ケタだし気休め程度ではあるけれど、番号を揃えてから鍵を開けないと開かないの」 「これだと3ケタだな。◎…◎…◎と」 「861」 「なんで?」 「8ハ(チ)、6(る)、1ひ(とつ)」 「6が『る』ってのは?」 「14106でアイシテルだろ」 「ポケベル語!? あんた、いつの時代の人よ!」 「じゃあ、おまえは?」 「940」 「訳を聞こうじゃないか」 「9キ(ュウ)、4ヨ、0(テ)ン」 「……自分で言うのも何だが、名前を暗証番号に使うのは、やめた方がいい気がするぞ」 「うーん、自分の名前ならまずいだろうけど、ほら、お互いの名前だから」 「まあ、かまわんか」 「うん、気休めだし」 「さあ、いよいよ荷物を詰めるわよ」 「ああ。よろしく頼む」 「まず原則は、あんたも言ってた通り、トランクは一杯にすること」 「ああ」 「但し! 帰りはお土産なんか買って荷物が増えるけれど、行きも帰りもトランクは一杯にする。帰りの増加分は、機内持ち込みのバックを空に近い状態にしておいて、そっちを使うのよ」 「なるほど」 「まずは開いた状態のトランクの広い底面に、洋服なんかの大きくて柔らかい物を、同じく底一面に広げる様に敷き詰めながら入れる。服は決してたたんだり、丸めたりしないこと。その方が余計にかさばるからよ」 「そうなのか」 「帰りは同じように、トランクの広い底面にお土産の箱ものや袋ものも平らに敷き詰めるの。心配なら、ますタオルを敷いて、その上にお見上げ、その上に上着と、サンドイッチ状態にすればいいわ。上着や服のそでがこの時点でトランクからはみ出ても問題なし!」 「おい、ほんとに問題ないのか?」 「ここまで底面に敷き詰めたあとで、箱モノや重い物を積んでいくの。これはパズルの容量でいいわ。車輪の着いた方が、持ち運ぶときは下になるから、重いものはそっちに配置ね」 「なるほどな」 「ここまでで大物、中型のものは全部入ったわね。あとはコスメとか、まああんたに用はないだろうけどや文房具なんを隙間に詰め込んでいくわ」 「まあ、土産を持ち帰るときは、そうするよ」 「えーと、あんたの下着はこの引き出しね」 「おいおい、勝手に開けるな」 「かって知ったるなんとやらよ。下着やタオル類はくるくると巻けば収納効率が良くて、隙間をつめる「詰め物」にもなるから一挙両得よ。トランクを開けたときも、どこにあるか一目で分かりやすいしね」 「わかりやすいはいいが……」 「うーん『詰め物』がちょっと足りないわね。これだと内でぐらぐら動くから、もっと下着とかTシャツとかタオルを出して。こうして増量して、きっちり動かないように詰めていくのよ」 「……」 「これで全部入ったわね。さっきはみ出してた服の袖とか裾は、この段階で全体をくるむように真中へ折り返す。その上で、トランクの内についてるバンドをかけると、内で荷物がバラバラになるのを極力さけられるというわけ。……さあ、何か質問はない?」 「ハルヒ、おまえの説明は大変よく分かったし、俺の旅行用トランクは見事に完成したが、……お約束ですまんが、今日俺が着替えるはずのシャツも下着もみんなこの中だ」 その3へつづく
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商品情報 キャッチコピー 要点 公式HP 商品情報 通常版 タイトル 涼宮ハルヒの追想 発売日 2011年3月24日 価格 PS3・7,329円(税込)/PSP・6,279円(税込) ジャンル ワンデルングアドベンチャー 対応機種 PS3・PSP メディア PS3・Blu-ray Disc/PSP・UMD 開発元 ガイズウェア 発売元 バンダイナムコゲームス 監修 アニメ制作委員会 プレイ人数 1人 対象年齢 審査予定 限定版 タイトル 涼宮ハルヒの追想 発売日 2009年5月28日 価格 PS3・11,529円(税込)/PSP・10,479円(税込) ジャンル ワンデルングアドベンチャー 対応機種 PlayStation3/PSP メディア PS3・Blu-ray Disc/PSP・UMD 開発元 ガイズウェア 発売元 バンダイナムコゲームス 監修 アニメ制作委員会 プレイ人数 1人 対象年齢 審査予定 キャッチコピー たとえもう、二度と会えなくても、俺がお前を憶えている――― 要点 フルボイスで描かれるオリジナルストーリー PSP版とPS3版のセーブデータが連動 2Dキャラクターは作画段階からフルデジタルで作成 音声リソースの品質アップ 次元ブックマーカー 公式HP 涼宮ハルヒの追想 公式サイト
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古泉「僕の名は古泉一樹と言います。もし良ければ、僕がこの街の事を色々教えて差し上げましょうか?」 俺の前で憎いほどハンサムな二ヤケ面がそう言った。 正直こういう男は余りいけすかないが、俺達はこの町に来たところでまだ何も知らない訳でだからな キョン「そうだな。すまんが色々案内してくれるか?」 そう俺が言うとまるで予想しない答えが返ってきたかのように目を見開いたリアクションを取る古泉。 俺は何か可笑しな事を言ったか? 古泉「案内?はて、何のことでしょうか?」 キョン「いや、町の事を教えてくれるんだろ?とりあえず…」 言葉を全て喋り終える間も無く、キョン目の前に巨大な気功弾が襲いかかる。 紙一重でそれを交わしたキョンは戦闘の体勢を取る キョン「ぐっ…」(これは…こいつ、気を練れるのか?) ハルヒ「アンタ何すんのよ!」 目の前の男は苦笑交じりに答える 古泉「何…とおっしゃられましても……旅をする奴ってのは金を持ってるもんだろ?悪いが死んで貰うぜ?」 キョン「馬鹿な…気の使い手が町で戦うなど警察が黙っていない筈だが…」 古泉「警察?ハッ!そんなものはこの町に存在しない」 キョン「なんだと…?」 ハルヒ「だから町全体がこんなに荒れてる訳ね。治安が少しでも悪くなければ此処まで酷くはならないもの」 古泉「そういう事だ…さあ、さっさと死んで貰おうか」 左手にバレーボール程度の大きさの紅球を出した古泉は、それを上に放りあげると右手で勢いよくキョンに向って打ちこんだ 古泉『ふんもっふ!!!』 キョン「ぐっ!」 ハルヒは右、キョンは左にそれぞれ避け紅球を交わす。 ハルヒ「キョン行くわよ!」 キョン「ああ!」 キョン「そっちが気で来るなら…俺も気を練らして貰おう。はあああああああ・・・・」 青い光の粒がポツポツと出現し始める その光を全て両手の中に収め、キョンは発出の構えを取る 古泉「ほう…気を練れるのか。どうやら雑魚ではないらしい」 ハルヒ「やあっ!!」 気をキョンに取られていた古泉は後ろから攻撃を繰り出してきたハルヒに対して一瞬反応が遅れる ハルヒ『竜巻旋風脚!!』 回転の勢いで繰り出される飛び蹴りの連撃 古泉は全てを受けきり、反撃に転ずる ハルヒ「うそっ!?この技を受けきるなんて…」 古泉「この程度の技で俺に傷をつけられるとでも思ったか?」 今度は右手からバスケットボールほどの大きさがある紅球が現れる 古泉「死ね!セカンドレイ…」 キョン『波動拳!!!』 古泉「!!」 ハルヒに向けていた紅球を瞬時にキョンの放った波動にぶつける古泉 ドンッ!!!! お互いの気はぶつかり合い破裂する キョン「波動拳とあんな赤い球が同じ威力だと!?」 古泉「驚いたのはこっちですよ」 キョン「!」 ドン!! 後ろから現れた古泉の上段蹴りをキョンも上段蹴りで迎え撃つ お互いの脚は衝撃の中央で静止する キョン「せいっ!」 古泉「はぁっ!!」 二人は同時にとび蹴りを繰り出す そのとび蹴りも同様にお互いの脚で静止する。 その刹那、キョンは体勢を低くし足払いに転ずる しかし、それを読んでいた古泉は飛翔し、回転から中段蹴りを放つ キョン「はっ!」 それを肘で防ぎ、古泉の脚に微少のダメージを与える事にキョンは成功した 古泉「ぐ…ふふふ…やりますね」 後ろにジャンプし体勢を立て直す古泉。 古泉(まさかあのレベルの気を練れるとは…そしてあの身のこなし、どうやら相当修練しているようだ…だが残念ながら俺の敵では無いな) ハルヒ「あいつ結構やるわね・・・」 キョン「ああ、なかなか重い拳を放つ…だが勝てないような相手じゃない!」 ハルヒ「ええ!」 古泉「勝てないような相手じゃないだと…笑われてくれますね」 ハルヒ「アンタの攻撃は大体見切ったわ!気を使えるのは驚いたけどそれだけじゃないの」 古泉「虫ケラが…俺が本気でやっていたとでも思っているのか?」 ハルヒ「えっ…だって本気でやってたんじゃないの?」 古泉「本来『気』とは練ってそのまま放つものでは無い…それはあくまで凡人レベルの思考、拙い低次元の功だ」 キョン「面白い…俺は強い奴と巡り合う為に旅を続けている。高等技とやら、魅せれる物ならば魅せてみろ!!」 古泉「喜べ…本来お前達如きには使わない技だ…」 キィィィィィィィィィィン そう古泉がつぶやいた瞬間、辺りから耳鳴りのような音が聞こえる キョン(なんだ…この音は?) ハルヒ(不気味な音ね) ???「その音を聞いちゃ駄目だ!!」 キョン(誰かの声…?一体誰の…?) ハルヒ(あれ・・・目が霞んできた・・・) 古泉『紅極拳・縛纏術』 ===ピシィッ=== キョン「…!」 ハルヒ「あ、あれ・・体が…」 キョン「…動かない」 古泉「これが真の『力』だ…理解したか?」 キョン「何故だ…何故ピクリとも体が動かないんだ…?」 古泉「気とはコントロールするものだ。自然の流れに調和させたり、分散させ相手の内部神経を少しずつ破壊させたり、応用による操作が数多に行える。凡人には気を集めてそのまま放つという方法でしか気を使う事が出来ないが、素晴らしい事だ。だが、俺はそれを更に数段階超えた…それだけの話だ」 キョン「なん…だと」 ハルヒ「そんなの勝てる訳ないじゃない…」 古泉「さあ…どう死にたい?」 キョン(拳を交えた時に何か超越した気質を感じたが…こうまで次元が違うのか…)
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古泉が病室を出て行き、部屋の中には俺とハルヒの二人っきりとなった。 ……何だ、この沈黙は? なぜだか全くわからないが微妙な空気が流れる。 おそらくまだ1、2分程度しか経っていないだろうが、10分くらい経った気がする。 やばいぜ、ちょっと緊張してきた。何か喋らないと。 『涼宮ハルヒの交流』 ―最終章― 沈黙を破るため、とりあえずの言葉を口にする。 「すまなかったな。迷惑かけて」 「別にいいわ。けどいきなりだったから心配したわよ。……もちろん団長としてよ」 「なんでもいいさ。ありがとよ」 再び二人とも言葉に詰まる。 「……あんた、ホントにだいじょうぶなの?」 「どういう意味だ?」 「だってこないだ倒れてからまだ半年も経ってないのよ。何が原因なのかは知らないけどちょっと異常よ。 ひょっとして、あたしが無茶させすぎちゃったりしてるからなの?」 確かに、普通はそんなにしょっちゅう意識不明にはならないよな。 けど今回の原因はハルヒだなんて言えねぇし。 どうでもいいが無茶させてる自覚があるならもっと優しく扱ってくれ。 「だいじょうぶさ。もうピンピンしてる。別に体に問題があるわけでもない」 「そう……、ならいいけど」 ハルヒに元気がないな。そんなに心配してくれてたってのか? それともここも実は異世界で、これは違うハルヒだったりするのか?いやいや、そんな馬鹿な。 ……ん?そうだな、そういえば言わなきゃいけないことがあったな。 「ハルヒ、昨日はすまなかったな」 ハルヒは不思議そうな顔で目を向ける。 「だから、別にいいって言ったでしょ」 「……ああ、いや、そのことじゃない。昨日の昼のことだ」 「ああ、……あれね」 途端に不機嫌な顔になる。やっぱかなり怒ってんのか。 「つい、つまらないことでムキになっちまったな。すまん。 けどな、お前からはつまらないことかもしれないけど、俺にとっては結構大事なことだったんだ」 「………」 あのハルヒと同じように黙ったままだ。 「別にSOS団として不思議を探すのは構わん。宇宙人、未来人、超能力者を探すのも構わん。 お前が手伝って欲しいってんならできる限りのことはやってやりたい。できる限りはな。 けど、な。……そいつらを見つけたら、俺は用済みになるのか?」 「そんなことは言ってないでしょ!」 「言ってはないかもしれんが、ひょっとしたらそうなんじゃないかって思ってしまったんだ。 そうしたら、きっと怖くなっちまったんだろうな」 「そんなことあるわけないでしょ。あんたあたしが信じられないの?」 「そうだったのかもしれない。いや、信じられなかったのは俺自身なのかもしれない。 そんなやつらがいる中で、いつまでもお前の側にいられるような資格がないと思ったのかもしれないな」 「そんなことないわ。だってキョンは、……キョンはあたしにとって……。あたしはキョンが……」 「でも、もうそんなことはどうでもよくなった」 ハルヒは驚いて悲しそうな顔になった。心なしか、涙が浮かんでいるようにも見える。 「まさか……もうやめるって言うの?なんでよ!?」 ああ、そういう風に捉えますか。というか言い方がまずかった気はしないでもないな。すまん。 「いや、すまん。そういう意味じゃない。俺はこれからもSOS団の一人としてやっていくつもりだ。 俺が言いたいのは、そのなんていうか……簡単に言うと自信が付いたってこと、か?」 「何言ってるのあんた。全然意味わかんないわよ」 だろうな。俺もよくわからん。どうやって話を進めたらいいやら。 「昨日言っただろ。普通じゃない人間なんて見つかりこないって。あれは本当のことだ。 けど、それはそういうやつらがいないって意味じゃない。こっちからは見つけられないって意味だ。 だっていきなり『お前は宇宙人か?』って聞かれて、はいそうです、って、本物だとしても答えるわけないだろ?」 「じゃあどうしろっていうのよ!」 「別に何もしなくていいと思うぞ。強いて言うなら、そういうやつらが現れるのを願い続けることだな。 そうすれば、お前の周りにいるそいつらは、時がくれば自分からそのことをお前に告げてくれるさ」 「あのねぇ、あたしには気長に待ってる暇はないのよ。時っていつよ?こないならこっちから探すしか――」 俺はハルヒの小さな肩に手をやり、ほんの少しだけこちらに引き寄せる。 「その時ってのは今だ」 「あんた何言ってんの?」 「あのな、ハルヒ。実は俺、異世界人なんだ」 「は?」 さすがに目が点になってるな。そりゃそうか。 「俺は異世界人なんだ」 「ちょっと、あんた。本気で言ってんの?んなわけないでしょ」 「本気だ。俺は異世界人なんだ。まぁそりゃあ普通の人間には簡単には信じられないかもしれないだろうがな。 それにしてもせっかく待ちに待った異世界人が現れたってのに、信じないなんてもったいない話だよな」 「わ、わかったわ。仕方ないから信じてあげるわよ」 なんて簡単に挑発にかかるんだ。こいつは。 「だからな……」 「だから何よ」 ハルヒの肩に置いていた手に、ギュッと力を込める。 やべぇ、めちゃくちゃ緊張してきた。 「俺は普通の人間じゃない異世界人だから、俺と付き合ってくれないか?」 ああ、ついに言っちまった。 「は!?あ、あんたちょっとまじで言ってるの?」 「ああ、俺は大まじだ。お前言ってただろ?普通の人間じゃないやつがいたら付き合うって。ありゃ嘘か?」 「嘘なんかつかないわよ。けど……、まぁあんたが異世界人だってんならしょうがないわね。 わかったわ。そこまで言うなら付き合ってあげるわよ」 意外とすんなりいったな。『あんたが異世界人だっていう証拠は?』とか言われたらどうしようかと思ってたが。 証拠なんてないしな。行き方も知らない。まぁハルヒは実は自分で知っているわけだが。 俺が本物かどうかなんてたいした問題じゃないってことなのか? まぁなんでもいいさ。 「一つ聞いてもいい?」 「なんだ?質問にもよるぞ」 「あんたの言う異世界ってどんな世界?」 どんな世界、か。どう言えばいいものか。ここと変わんねぇんだよなぁ。 「基本的にはこことほとんど同じだな。よくいうパラレルワールドってやつか?人もほとんど同じだ」 「ふーん、てことはあたしとかもいるわけ?」 「ああ、いるぜ。ちゃんとSOS団もある」 「じゃあ、何が違うの?全く一緒ってわけじゃないんでしょ」 そうだな?何が違うんだ?あまり違和感がなかったからな。 「なんだろうな。人の性格とかに微妙に違和感があるくらいか?」 「例えば?」 例えば、か。何かあったかな。 「あ、長門の料理がうまかった。昼の弁当もうまかったし」 ハルヒの目付きが変わる。 「へえー、有希に弁当とか作ってもらってたんだぁ」 いや、まて、それはだな。いろいろあって、とりあえず落ち着け。な。 「……まぁいいわ。そっちのあたしはどんな感じ?」 どんなって言われてもなぁ。確かにちょっと違ってはいたが。力のこともあるし。 「……お前をさらに強気にした感じだ」 としか言いようがない。 「なるほどね。まぁいいわ」 「というかお前案外簡単に信じるんだな」 「嘘なの?」 「いや、そういう意味じゃないが」 「ならいいじゃない。あんたが本当って言ってるならそれでいいのよ。何か問題あるの?」 「いや、ちょっと話がうまく行き過ぎてて。ハルヒ、本当に俺でいいのか?」 「あたしがいいって言ってんだからそれでいいのよ。何?取り消したいの?」 「そんなわけあるか!俺はお前のことが、……本当に好きなんだから」 空いているもう片方の手もハルヒの肩に置く。 「ならさっさと好きって言いなさいよね。全く。こっちだって不安なんだから」 「そうだな、すまん。……ハルヒ、好きだ」 「あたしもよ。……キョン」 両の手に少し力を入れて引き寄せると、それに従いハルヒも近づいてくる。 ……あと20cm。 俺が顔を近付けるとハルヒも顔を近付ける。 ……あと10cm。 残りわずかのところでハルヒが目を瞑る。 ……あと5cm。 顔を少し傾け、目を閉じているハルヒの唇に俺の唇をそっと重ね―― コンコン! バッ!! ドアがノックされる音に慌ててハルヒの体を引き離す。 「入りますよ」 そういって古泉が入ってくる。そういえばジュースを買いに行ってたんだっけ? というか手ぶらじゃねぇか。どういうことだ?その満面の笑みは何だ? 「いえいえ、なんでもありませんよ。」 古泉の後ろには隠れるようにしている二人の姿が見える。 お見舞いのフルーツセットと、それとは別にお見舞いの品の袋を持った朝比奈さんとなぜか大量の本を持った長門の姿が。 「長門、それに朝比奈さんも。来てくれたんですね」 「……来ていた」 「キョ、キョンくん、具合はどうですかぁ?」 ん?なんか様子が変だ。朝比奈さんに至っては顔が真っ赤だし。 ってハルヒも顔が真っ赤になってるな。しかも口を開けたまんま固まっている。どういうことだ? 「古泉、何かあったか?ジュースはどうした?」 「ああ、そういえば飲み物を買いに出たのでしたね。うっかりしてました」 「は?じゃあお前はジュースも買わずに今までどこ……って、お前まさか!?」 「いやあ、この部屋を出たところで偶然このお二方と会いましてね。中に入ろうかとも思いましたが……ねえ?」 と、長門の方に振る。 「……いいところだった」 嘘だろ?まさかこいつら全部聞いてたんじゃ。 「……古泉、どこからだ?」 「そうですね。『すまなかったな。迷惑かけて』からですね。最初の方でしょうか?」 最初の方っていうか一番最初だぜこのヤロー。 ……そこから全部聞かれてたってことなのか?そんな馬鹿な。ぐあっ、死にてえ。 思わず頭を抱える。ハルヒはまだ固まっている。 「キョンくん、気を落とさないでください。だいじょうぶですよぉ。カッコ良かったですぅ」 いえ、朝比奈さん。それ全くフォローになってませんから。 「まぁいいじゃないですか。一件落着ですよ」 くそっ、こいつに言われると腹立つな。 どうでもいいけどお前間違いなく開けるタイミング狙ってただろ。 「さて、なんのことでしょう?」 くそっ、いまいましい。 ハルヒいい加減正気に戻れ。 「わ、わかってるわよ。うっさい」 まぁいいさ。これでこの一件は無事に終わったってわけだ。やっぱりこういう世界が一番だな。 あんな悪夢のような時間は出来ればもう過ごしたくないものだ。 俺はここでこのSOS団のみんなと俺は楽しく過ごしていくさ。 だからそっちのSOS団もそっちで楽しくやってくれ。そっちの俺たちも仲良くな。頑張れよ、『俺』。 「とりあえず元気そうで良かったですぅ」 「安心した」 二人からちゃんとしたお見舞いの言葉をもらっていると、 「やっぱりキョンを雑用係にして酷使し過ぎたのがまずかったのかしらね」 だから自覚あるならやめろっての。 ハルヒは朝比奈さんが持ってきた俺へのお見舞いのメロンを食べ終えて言った。 ってお前、そのメロン全部食ったのかよ。それ俺のだろ? 「そうかもしれませんね」 古泉、お前思ってないだろ。とりあえずその手に持ったバナナの束を置け。 「だからキョンには新しい役職を与えて、雑用はみんなで分担することにするわね」 そう言ってハルヒはどこからともなく腕章とペンを取り出した。 って、どこから出したんだよ。ってかなんでそんな物持ってんだよ。 キュキュっとペンを走らせ、それを俺に突きつける。 「これでどう?嬉しいわよね」 渡された腕章には大きな字でこう書かれていた。 『団長付き人』 やれやれ、これからも大変そうだな。 今日からは俺も異世界人、これでSOS団の一員として新しくスタートってわけだ。 確かに向こうに行ってた時間は悪夢のような時間だったかもしれない。 けど、こうなってみると、この結果になったのは間違いなく異世界のおかげと言えるだろう。 異世界でのSOS団の出会い、ハルヒとの出会いがなければ俺はハルヒに告白なんてできなかったたろう。 ハルヒ。ひょっとしてこれもお前の望んだとおりの結果なのか? 異世界との交流を通して、俺に答えを出すことを望んだのか? まぁなんでもいいさ。 お前も望んでくれるなら、俺はいつまでもハルヒの隣にいたいと思う。 「ああ、ありがたく頂くよ。これからもよろしくな」 さて、これからはどんな新しいものとの交流が待っていることやら。 今から楽しみだぜ。 「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 「いや、それ朝比奈さんが俺のお見舞いに持ってきたやつだから。しかも俺は食ってないぞ」 周りを見渡す。長門が食べていた。 長門はハルヒの方を向いて僅かだけ微笑みを感じさせる顔で言う。 「プリンくらいはあなたから貰ってもいいはず」 ◇◇◇◇◇ 最終章後編へ
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@未明 今回の事件の重要人物と思われる一人。こっちの世界でハルヒ的行動を起こして、サダキョンによって「クラスの女子がハルヒになった(゚A゚)」スレで状況報告されていた。 偽ハルヒが鍵となる人物に自らの存在を伝えることが今回の鍵だったと思われる。 17日になる直前に鍵となる人物にメールを送信。それによって改変はとまった模様。
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一 章 まず、ハルヒを取り巻く懲りない面々の近況を伝えておこう。 SOS団サークルが大学でも大暴れすること四年間。過去に上映した映画のリバイバル、続編の撮影、この世の不思議を求めて日本各地を旅行。野球、サッカー、剣道柔道合気道、学内外のスポーツサークルに挑戦状を叩きつけ、泣きすがる部員を尻目に看板をかっさらって帰ったのはまだまだ序の口。部費捻出のためのあやしげな営業活動に渋面の教授陣もさることながら、処置なしと見た大学当局からなんのお叱りも受けずに無事卒業できたことは、長門、古泉各方面の協力(いや圧力)に感謝すべきだろう。 ハルヒはいくつか内定を取った企業のうち、もっとも給与条件のいい会社に入ったようだ。大手食品会社の商品企画なんてのをやっている。ハルヒらしいといえば、あいつらしい仕事だが。あいつが毎日スーツを着てデスクワークをしている様子は、ちょっと想像しがたい。噂では商品キャラクタの着ぐるみを着て営業に回っているとのことだ。そういえば就職してからずっと髪を伸ばしている。髪を結ぶリボンの色を毎日替える宇宙人対策を、入社式からずっとやっていたらしい。 長門は大学からそのまま大学院に進んだ。高エネルギーだか素粒子物理だかの理学博士課程にいる。俺はてっきりハルヒと同じ会社に入るものと思っていたが、聞くところによるとこれもハルヒの行動を予測してのことらしい。 古泉は、あいつは、そのまま機関で働くことになった。バイト待遇から正社員になったようだ。相変わらず閉鎖空間で神人を追いかけている。俺たちが就職してからはあまり会っていない。 俺はといえば、たいして就職活動をしていなかったにもかかわらず、内定を取って無事サラリーマンに落ち着いている。大学の専攻とはまったく関係なかったが、参考書やら学校教材を出版している会社に入った。有名塾の先生に執筆を頼み、原稿をチェックしてDTPにまわし、版下が完成したら印刷所にまわす。まわさないのは皿くらいなもんで、まあ編集のはしくれみたいなことをやっている。スケジュールさえ守れば残業もないし、休日出勤もなし。楽っちゃ楽だ。 それから半年が経ち、俺は社会のしがらみの中でどうやらこのまま歳を重ねていくことになりそうだと、一種の安堵感に浸りつつあった。ハルヒが就職してからSOS団の活動も下火になってゆき、たぶんこのまま先細って、あのときはあんなバカなこともやったよなぁなんて全員で思い出に浸れるようになるんじゃないかという夢のようなものさえ見ていた。メンバーに会うペースも二週間、三週間と少しずつ間が伸びてゆき、一ヶ月に一度というサラリーマン的キリのいい回数にまで減った。 もういいかげん、ハルヒの奇矯な行動に振り回される役柄を引退してもいい頃だ。なんて甘いことを考えていた矢先にハルヒによって全員集合をかけられたのは、通り過ぎたはずの台風の進路が逆行して戻ってきてしまったときよりも精神的ダメージが大きかった。 「いよっ、みんな元気そうね」 お前にはこれが元気に見えるのか。会社が引けてからハルヒにいつもの喫茶店に呼び出されて俺が憂鬱になっているところへ、長門と古泉が現れた。 「……」 「皆さんお久しぶりです。涼宮さんもおかわりなく」 長門とはほぼ毎日会っているが、古泉の顔を見るのは久しぶりだった。どことなく貫禄がついた気がする。 「さすがは涼宮さんですね。団長、超監督、名探偵、編集長と来て、次は社長ですか」 ハルヒのトレードマーク、赤い腕章はすでに社長になっている。 「これからはベンチャーよ。生き馬の目を抜く高速道路の現代社会を生き残るにはこれしかないわ」 最近は休日の高速道路並に渋滞している気もするけどな。 「大賛成です。涼宮さんのような逸材が企業の一歯車として働いているなんてもったいなさすぎます。ここはひとつ、新しいビジネスチャンスをつかみましょう」 「で、なにを売るんだ?まさか宇宙人、未来人、超能力者を探し出して売る会社とか言うんじゃないだろうな」 自分で言いながら笑いをこらえきれないでいると、古泉と長門の顔がピクと引きつった。ここに朝比奈さんがいたら眉を寄せたことだろう。 「それをみんなで考えるんじゃないの」 「順序が逆だろうが」 「あたしもいろいろ考えてみたわよ。パーティ向けのケイタリングとかどう」 「誰が料理を作るんだ?」 「もっちろん、あんたたちでよ。あたしは取締役社長兼営業。古泉くんは秘書兼営業部長ね」 即、廃業だ。長門が早速料理のレシピ本を読んでいる。気が早いぞおい。 「とりあえず必要なのは事務所よね。この際だからボロい雑居ビルでもいいわ」 「まあ待て。登記の仕方とかも調べなきゃならん。少し時間をくれ」 「あんたの専攻、経済学だったわね。お役所関係は面倒だからキョンに任せるわ」 「経営学部とは違うんだがな。まあまったくの専門外ってわけでもないが。まずは事業内容をはっきりさせてくれ」 「そうねえ。あんたたちも何かアイデア出しなさいよ、即採用するわ」 ハルヒは鞄から分厚い本を何冊も取り出した。タイトルを見ると、起業入門、はじめての起業、会社ひとりでできるもん?俺たちにこれを読めってのか。さっそく長門が一冊手にとってパラパラとめくりはじめた。 俺はチラと長門を見た。流行には遅ればせだがIT系でもやるかな。長門テクノロジーで。大学院とかけもちでたいへんだが、こいつだけが頼りだな。あるいは朝比奈さんに頼んで時間旅行代理店でもやるとか。古泉には……、機関に金を出させるか。あんまり機関には負担をかけたくはないんだがな。 ハルヒが持ってきた漫画で読む起業ガイドとかいう本をさらりと読んでみたが、いきなり株式会社ってのもありらしい。俺はてっきり、同好会から研究会へランクアップするみたいに、有限会社からがんばってステップアップするのかと思っていた。今は有限会社ってのはなくなって株式会社に吸収されちまったらしい。それ以外に有限責任事業組合とか、やたら長い名前の法人が増えちまってる。 今はお金がなくても株式会社を作れるようで、一円起業とかいうのも可能だと書いてある。要はアイデア次第。入る金と出る金の収支が安定したら出資者を増やしていく。さらに資金調達が必要なら株式市場に上場してもいい。 「なるほど。最終的には一部上場か……」 「一部じゃなくて全部上場しましょうよ!」 いや、そういう意味じゃなくてだな。 ともかく、会社を興すにはハンパじゃない量の書類作成が必要らしい。誰かがレクチャーしてくれるとありがたいんだが。 「古泉は税理士の知り合いはいるか」 「ええ。身内にいます」 「ちょっと知恵を借りたいんだがな。登記に必要な手順やら節税やら」 「分かりました。手配しておきます」 手配って身内に使う言葉じゃないだろ。 「さすが古泉くんね。じゃあキョン、後は頼んだわよ」 まったく、考えつくだけで面倒なことはすべて俺任せじゃないか。高校のときとまったく変わっとらん。いっそのこと閉鎖空間を発生させてストレス解消してくれたほうが助かったんだが。 ハルヒに呼び出されて起業宣言を聞いた帰り道、古泉からちょっと話せないかと電話がかかってきた。まあ暇なんでさして問題はないし、それにこいつの近況も聞いておきたい。 俺は長門を連れて、駅前のファーストフード店で古泉と待ち合わせた。 「お二人さん。改めて、ご無沙汰しております」 「よせよ、そんな社交辞令みたいなあいさつは」 「お互いにもう社会人ですからね。親しき仲にも礼儀あり、それなりの自覚を持たなければ」 などと耳の痛いことを言う。そんな固いこと言わなくても、俺たちは仮にも同窓生だろ。 「最近どうしてんだ?機関のほうは相変わらず忙しいのか」 「それも含めてお知らせしたいことが。ここ半年間、涼宮さんの能力開放が激減していまして」 それは前にもあった。高校二年の二月ごろだったか。あれは単にバレンタインデーに向けての下準備というか、安定期だったというか。それが終わるとまたいつものあいつに戻ったよな。 「閉鎖空間の発生も、神人の発生も、もう片手で数える程度になっています」 「そんなに減ってるのか」 「長門さんはご存知かもしれませんが」 古泉は長門を見た。長門は少しだけうなずいた。 「最後に閉鎖空間が発生したのは二週間前です。それも真っ昼間に」 「閉鎖空間が発生しないのはいいことじゃないか」 「ええまあ。それだけではなく、神人が発生しません」 「神人がいない閉鎖空間?アレが消えないと閉鎖空間は消えないんじゃなかったっけ」 「通常はそうです。一ヶ月くらい前でしょうか、いつものように閉鎖空間に入ってみたところ、いつまで待っても神人が現れることなく待ちぼうけを食わされました」 「それで、閉鎖空間はどうなったんだ」 「三十分くらいで消滅しました。神人を発生させるだけのエネルギーがなかったようです」 「ハルヒにしちゃ珍しい不完全燃焼だな」 「ええ。くすぶっているだけならまだしも、突然消えてしまうので我々も戸惑っています」 「そういうときのハルヒってどんな具合なんだ?」 「観測ではイライラと上機嫌のわずかな間を行ったり来たりしているというか」 古泉はそう言って人差し指をバイオリズムのように上下に振ってみせた。 「大人になって突発的な感情の起伏が減った、ってことじゃないのか」 「それだけならいいんですが、閉鎖空間というのは涼宮さんの中の常識とエキセントリックな世界を好む願望とのバランスが崩れるとき、ストレスを感じてあの空間が生まれるんです。これは僕たちに能力が与えられてから今までずっとそうです」 「だったらなおのことだ。常識が勝ってハルヒが安定してきてるのはいいことじゃないか」 古泉は俺の顔をじっと見て、少し考えてから論点を変えた。 「考えてみてください。人間が願望を持たなくなったら、どうなりますか」 「まるで俺のことを言われてるようだな」 「いえいえ、一般論としてです」 古泉は汗をかきかき手を振って否定した。 「そんなことになったら夢も希望もない、だるいだけの毎日になっちまうだろうな」 「それは涼宮さんにも当てはまることです。彼女の場合、夢も希望もないということは能力を失うということなんです」 俺はうーんと唸った。ハルヒが能力を失うようなことになったら、ただの女子高生、じゃなくてただのOLになっちまう。どう考えても大歓迎すべき事態じゃないか。それがなぜ古泉や機関にとって懸念材料になるのか分からん。 「この状況を鑑みて、機関の幹部では組織の縮小を検討しています。すでに現場の人間を残して、管理職の人間を当初の三分の一に減らしています」 「機関もリストラか」 「喜ぶべきか、悲しむべきか。そうです」 俺は暇を持て余してぼんやりとプレステをしているCIA職員を思い浮かべた。 「このままでは僕もトラバーユを考えなければいけませんね」 しかし今から就職活動をするのはきついだろう。機関じゃ待遇よさそうだし。 「まあ、食っていけるならどんな仕事でもしますよ。涼宮さんに雇ってもらえる道も開けそうですし」 お前こそ夢がないぞ。もっと志を高く持て。 「それはともかく、涼宮さんの夢と希望によって僕たちは存在を許されている。長門さんも、ここにはいない朝比奈さんもそうでしょう」 長門はどう思ってるんだろう。こいつの本来の仕事はハルヒを観察することだ。 「……涼宮ハルヒが能力を失えば、わたしは任務を終える」 「とすると、上に帰っちまうのか」 「……分からない。それについてはまだ検討段階ではない」 ということはまあ、時間的余裕はあるってことだな。俺はすぐにでも長門が帰っちまうのかと想像して少しだけ焦った。 「長門さんは涼宮さんの最近の様子についてはどう思われますか」 「……涼宮ハルヒの思念エネルギーには、大きな波と小さな波がある」 「なるほど。今はどのような位置にいるんでしょうか」 「……中長期的に見れば、今は大きな波の谷間にいるだけ」 「ということは、これからパワー増幅する可能性が高いと」 「……そう。でもこれは、わたしの憶測に過ぎない」 二人とも怖いことを言う。まさかこれからハルヒが大暴れするとかいうんじゃないだろうな。 古泉の懸念はもっともかもしれんが、そっちのほうはあいつらに任せておいて、とりあえず俺はハルヒから出された宿題をこなすことにするか。 さて、起業の手順だ。古泉の知り合いというとすぐ機関のメンバーを思い浮かべるのだが、やってきたのは思ったとおり多丸圭一氏だった。この人は実際に機関の関連会社を経営してる人らしく、いろいろと相談に乗ってもらった。 「どうも多丸さん、その節はいろいろとお世話になりました」 「久しぶりだね。元気にしてたかな」 「おかげさまで、ハルヒの有り余る元気のせいで今回も振り回されています」 多丸氏は昔と変わらず、はっはっはと笑った。 「それで、なにをする会社なのかな?」 「それがまだ決まってないんです」 俺は眉をハの字に曲げてみせた。俺がハルヒのパシリなんだってことは雰囲気的に分かってくれるだろう。 「そんなことだろうと思ったよ。まあなにをするにせよ、お役所でハンコさえもらえばどうにでもなるからね。面倒なのは最初だけだ」 機関の人だけあって、ハルヒの特性を知ってくれているのはありがたい。 会社ってのは仮にも法で定められた集団で、かつてのSOS団みたいに、勝手気ままに思いついたことをなんでもやりますみたいな申請は無理だろう。活動内容やらそれに関わる人やら、それからお金の入手先やら使い道やらを決めておかないといけない。実際にどうなるかはともあれ、書類上できちんと明記されていないと認めてくれないのがお役所の慣わしだ。 「経営者の所得は年間どれくらいを見込んでるのかな。一千万円を超えそうなら株式会社のほうが税金的に有利だけど」 「ハルヒが言うには株式会社のほうが聞こえがいいんで、そうしろと」 「はっはっは。まあ好き好きかもだね。最初は個人事業のほうが手続きが簡単でオススメではあるんだけどね」 「なんせ形から入るやつですから」 「彼女ならなにかでかいことをやりそうだし、最初から株式会社にしても差し支えはないだろうね。途中で法人の種類を変更するとそれだけ手間も発生するし。大は小を兼ねる、とも言うしね」 「はあ、そんなもんですか」 株式会社というのは、金を出す人が会社の持ち主で、社長はその株主から経営を任される。最近は社長ひとり株主ひとりという最少人数でもOKらしい。設立を届け出るのは法務局で、会社内の決まりごとを書いた定款やら設立するときの議事録やら分厚い書類を提出させられる。書類を重ねる順番まで決まっているらしい。 「書類の用意は私が手伝ってあげよう」 「はぁ、助かります。そこがいちばん厄介な部分なんで」 「まずは事業内容を決めることだね」 「そうですね。ハルヒにさっさと決めさせてきます」 翌日から、会社が引けるとハルヒとその他のメンツを呼び出すのが日課となった。どうでもいいがその腕章、外ではやめてくれ。 「で、屋号はどうすんだ。SOS団か?」 「当然じゃないの」 「じゃあエス・オー・エス団株式会社でいいのか?」 「響きが悪いわね。株式会社エス・オー・エス団、これね。前株でいいわ」 どっちも似たようなもんだが。 「あとは事業内容だが。世界を大いに盛り上げるとかそういう抽象的な内容だと申請に通らないぜ」 「分かってるわよ。あたしだってベンチャー本はひと通り読んだつもりよ」 ほう、ちゃんと予習はしてるみたいだな。 「で、目的は?」 「教えるわ。この会社の目的!それは、」 ハルヒは、あの日と同じように大きく息を吸った。ドドン。どこかで太鼓が鳴ったような気がしたが、気のせいか。 「タイムマシンを開発して時間旅行をすることよ」 な、なんだってー!!俺の脳裏にΩマークが四つほど並んだ。その場にいたハルヒ以外の全員が真っ先に朝比奈さんを思い浮かべたにちがいない。朝比奈さん、もしかしてあなたはその関係者だったんですか。 「さすがは涼宮さんですね」 古泉、お前はそれしかないんか。 「そんな前例のないもんが申請の書類に書けるわけがないだろ」 「前例がないから作るのよ。テクノロジーは日進月歩爆走中よ。昔の人は言いました、光陰矢のごとしよ」 「そんなもん簡単に作れるかよ。仮に作れたとしてもだな、それまで利益なしだろう」 「だいたいねえ、人類は月にまで人を送ったことがあるのに、なんで未だにガソリンを燃やして走ってるわけ?二十一世紀になって十年は経つってのに、いまだに化石燃料が主流なんて遺憾を覚えるわ。もう道をテクテク歩くだけの技術は無用よ。これからは時間移動の時代なの」 聞いちゃいねー、さらに言ってることがよく分からん。すまん、誰か頭痛薬をくれ。 「時間旅行で社員を養えるのか」 「ちっちっち。未来や過去に行けばいろんな珍しいものがあるわ。それを運んできて売れば大儲けよ」 やれやれ。ハルヒが金儲けに走り始めたか。 「よくいるでしょ、考古学者のくせに発掘品を売りさばいてるやつ。キリストの聖杯とか、埋蔵の宝石とか」 「そりゃ映画の話だ。しかも盗掘と変わらんじゃないか」 「それに未来から技術を持って帰れば売れるしね。時間旅行さえできれば、お金なんて後からでもついてくるわ」 職種からいってあんまりカタギじゃなさそうだな。株式会社窃盗団にでも名称変更したほうがいいんじゃないのか。 ここで少し会社登記の話をしよう。 一円起業とは言っても登記申請には税金なんかで二十四万円ほどかかる。お役所がらみはタダじゃないんだ。会社を作ったあとにかかる税金は所得税、法人税、住民税、事業税なんかがあるが、できれば税金は安いほうがいい。個人と違って会社は税金が優遇されることが多いらしい。節税のために会社を作る人までいるくらいだし。 資本金が一千万以下の場合は消費税が二年間免除される。税金を申告するときに最初の年度の赤字を七年間繰り越してもいい、みたいな甘い制度もある。 資本金を誰に頼むかはまだ決まっていないが、現物出資といって、自分の手持ちのパソコンやら車やらを持ち込んで資本金代わりにしてもいいらしい。五百万円までなら書類で申告するだけでOKだ。 株式会社だから株券を売るのかと思っていたがそうでもないらしい。株券の実物が必要なのは株の譲渡OKな『株式公開会社』を作る場合。うちは株式の譲渡が自由にはできない『株式譲渡制限会社』にする予定だから、勝手に株を売られたりはしないことになる。株主が会社を手放したいときにだけ、経営陣が承認して発行する感じか。会社を作る発起人はそれぞれ一株以上は買わないといけない。つまり俺も買わされるわけだが、別に平社員でもいいのにな。 登記書類をまとめて持っていくのは法務局だが、ほかにも公証人役場、税務署、都道府県の税事務所、市区町村の役所、労働基準監督署、社会保険事務所なんかにも行かないといけない。しばらくはあちこちを奔走することになりそうだ。そうそう、取引銀行に口座も作っとかないとな。 会社用のでかい印鑑も作らないといけないが、この辺はハルヒにやらせよう。あいつは腕章とかネームプレートとか名刺とか、アイデンテティのあるものが好きそうだからな。 「はぁ……」 ハルヒが大きく溜息をついた。いつものハルヒらしくない。また昼飯をおごれと言われてイタ飯屋に出てきた俺だった。俺は猿でも分かる起業入門を読みながら横目でハルヒを見た。 「どうしたんだ?」 ハルヒがなにか新しいことを考え付くときはたいてい、台風がやってくる前日の天気予報のように、わけの分からない期待感と開放感とそれから高揚感とがいい感じにミックスされて、今しも超新星が生まれそうなガス星雲の中にいるような気配がするもんだ。それがこの倦怠とあきらめ交じりの溜息。吐く息が文字化すれば、やれやれとでも浮かんできそうだ。やれやれは俺の専売特許のはずだが。 「なんでもないわ。ただね、なんとなく疲れたというか」 「就職して半年でそれかよ。ちょっと甘ったれてんじゃないのか」 「あんたにしちゃきついこと言うわね」 ハルヒは頬杖をついてこっちを見る。どうも、瞳にイキイキ感がない。 「そうかな。じゃあ聞くが、これから起業しようってのになんでそんな溜息ばっかりなんだ」 「学生の頃はなにをやっても楽しかったわ。映画を撮ったり、今考えればどうでもいいようなストーリーだったけど、自分がなにかをやっているって感覚があったわ。飛び入りでギターを弾いたり、みんなで野球をやったり、見つかりもしない不思議を探し回ったり」 まあ、俺もあの頃はそれなりに楽しんだ。やたら体力と財力を消費はしたが。 「それがこの頃ときたら、なにか新しいことを思いつくとそれにかかるお金とか時間とか、必要な人材とかを考えるのが先なのよね」 「ふつー、なにかをはじめるときはそうなんだけどな」 「あの頃は自分ひとりででもやってやるって意気込みがあったわ」 そうだ、ハルヒはいつも独走だった。スタートラインに並び、フライングだろうがなんだろうがひとりでぶっちぎりゴールを目指す。その後を俺たちがへいへいとついて行く。いつもがそんな図だった。 「やりたいことが変わってきたんじゃないか。より高度になったとか、質が高くなったとか」 「どうかしらね」 「思いつきがでかいから、ひとりじゃ無理ってことだろう。計画性も大事だ」 俺が計画性を言い出すようになっちまったら、世の中はミジンコ並みに計画どおりだな。 「すべてが計算づくになってしまった自分がうらめしいわ。あたし、いったいなにが変わったのかしら」 「まあ商品企画課っていうハルヒの仕事柄だろう」 「モノ作りの最前線っていうからこの仕事に就いたのに、いまいち自分が作ってるって感じがしないよのね」 「お前だけで作ってるわけじゃないだろ。ひとつの製品にいろんな人間が関わってる。それが会社ってもんだ」 あまり慰めにも励ましにもならんセリフを淡々と言う俺も、実は今の仕事には生き甲斐を感じていない。 「それは分かってんだけどね」 「けど、給料はいいんだろ?」 「まあね。ボーナスも思ったより多かったわ」 「この不景気にそれは贅沢ってもんだ」 「分かってるわよ。同僚と飲みに行ったりもするし、給料日には買い物して遊んで歌って午前様だし」 「これ以上なにが不満なんだ?」 「分かんない……。いい職場についたし、給料もいいし、好きなもの買えるし」 ハルヒはこれと決めたものには出費を惜しまない。自分の思い付きを実現するためならバニーの衣装だろうがメイドの衣装だろうが、自腹で買ってしまう。ストレスで散財するタイプだなこいつは。将来旦那が苦労するぞ。 就職したから自分でストレスを解消できるようになった、という言い方は変かもしれないが、自由に使える金があれば、特別な力がなくてもある程度の願望を実現することはできるかもしれない。食ったり飲んだり騒いだり、簡単になにかを手に入れたりすることで、本当にやりたいことがだんだん霞んでしまう。古泉が言っていた閉鎖空間発生が減った理由が、なんとなく分かってきた気がする。 ハルヒは食い残しのシーフードパスタをフォークの先でいじりながら言った。 「なんだかね、タコが自分の足を切り売りしてる気持ちっていうのかしら」 「お前にしちゃうまい例えだな」 「もう、どうでもよくなってきたわ……」 テーブルに顔を伏せてそのまま眠り込んでしまいそうな、久々に見るハルヒのメランコリーである。 2章へ
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「おかえりなさいませ、ご主人様」 夕焼けで学校が赤く染まる頃、学校にようやくたどり着いた俺を待っていたのは、変態野郎からの気色悪い発言だった。 あまりの不気味さに、俺はその言葉を発した古泉に銃を向けたぐらいだ。 古泉は困った顔を浮かべて両手をあげて、 「失礼しました。いろいろつらい目にあったようですから、癒しを提供して差し上げようかと思っただけです」 「癒されるどころか、殺意が生まれたぞ」 俺はあきれた口調で、銃をおろす。まあ、本気で撃つつもりもなかったけどな。どうせなら朝比奈さんを連れて……う。 あの後、俺たちは北山公園を南下して無人の光陽園学院に入ったが、敵に動きが悟られないように、 そのまま数時間そこで待機していた。もちろんハルヒには連絡を入れておいたが。 俺はしばらく学校内を見回していたが、古泉が勝手に解説を始める。 「北高の方はほとんど無傷ですね。敵歩兵の襲撃もありません。涼宮さんに作戦失敗を印象づけるには、 北山公園に僕らが入ったのと同時に学校を襲うのがもっとも効果的だと思いますが、 どうして敵はその手を使わなかったんでしょうか。僕が相手の立場なら必ずそのようにしますがね。 ま、大体察しはつきますが」 「しらねえし、今はそんなことを考える気分でもないな」 古泉を無視しつつ、俺は学校内を歩き回る。どこにいるんだ? ふと、俺の目に学校の隅に並べられている黒い物体が目に入った。見るのもいやになるその形状は、 明らかに死体袋だった。あの中に谷口も入れられているのだろうか。 「死者52名、負傷者13名。これが北山公園攻略作戦で出て犠牲です。 死者よりも負傷者が少ないという事態が、今の我々の力のなさの現われかもしれません」 やや声のトーンを起こした古泉が言う。俺の小隊も合計16人の命が失われた。 鶴屋さん小隊なんて生き残った方が少ないし、ハルヒや古泉の小隊の損害もかなりあるはずだ。 と、そこでスマイル野郎が重苦しくなった空気を変えるようにわざとらしくぽんと手を叩き、 「ああ、なるほど。涼宮さんを探しているのですね。それなら、前線基地に詰めていますから、学校にはいませんよ」 「なんだと?」 古泉に向けた俺の表情は、鏡がないんだから確認しようがないんだが、どうやら抗議めいたものだったらしい。 めずらしくあわてたように、 「いえいえ、僕はきちんと止めましたよ。いつもとは違い、かなり食い下がったつもりです。 涼宮さんと言い争い一歩手前までいくなんて初めてでしたからね。閉鎖空間が発生しないかヒヤヒヤものでした。 しかし、どうやってもあそこにいると言い張りまして。ああなったら、てこでも動かないことは あなたもよくご存じでしょう?」 しかし、何でまた前線基地にいるんだ? 敵の襲撃が予想されるのはわかるが、 総大将がいる必要もないだろうに。 「何となく予想がつきますけどね」 古泉はくくと苦笑し、 「涼宮さんはあなたの帰還を学校でただ待っているなんてしたくなかったんですよ。 ぼーっとしているといろいろ悪いことを考えたりしますからね。何かして気を紛らわせたかったんでしょう。 あとは……」 古泉がちらりと背後を見る。そこには朝比奈さんが相変わらずのナース姿でこちらに走ってきていた。 「鶴屋さんのことを直接言いたくなかったんではないでしょうか。これはあくまでも僕の推測ですけどね」 「キョンく~ん!」 息を切らせて走ってくる朝比奈さんに、俺は激しく逃げ出したい衝動に駆られた。こんな気分は初めてだ。 「よかった……無事だったんですね……!」 感激の涙を浮かべる朝比奈さんに、俺の心臓はきりきりと痛んでしまった。この後、確実に聞かれるんだ。 鶴屋さんのことについて。 「本当に心配したんですよぉ……。学校からはなにも見えなくて、どうなっているのか全然わかりませんでしたから」 「ええ、いろいろありましたが、無事に帰って来れてなによりです」 「あ、あと、鶴屋さんは?」 この言葉とともに、俺は心臓がつかみ出されたのではないかと言うぐらいの痛みが全身に走った。 だが、次に朝比奈さんが言った言葉は予想外のものだった。 「古泉くんから聞いたんですけど、鶴屋さん、足を怪我してどこかの民家に隠れているんですよね? あたしもう心配で心配で……」 俺ははっと古泉の方を振り返ると、ウインクで返してきた。この野郎、しっかりと朝比奈さんに事前に告げておいたのか。 変なところで気が利きやがる。でも助かった。そして、つらいことをいわせちまってすまねえ。 「鶴屋さんは無事ですよ。いつものまま元気です。ただ、ちょっと動くには厳しそうなんで、 ばかげたドンパチが収まるまで隠れていた方が良いと思います。幸い、隠れ家には食料もあるらしく、 3日間隠れるには十分だそうですよ」 「無線とかではなせないんですか? あたし、鶴屋さんの声が聞きたくて」 俺はぐっとうなりそうになったが、ぎりぎりで飲み込む。 「えーあー、無線ですか、あー無線なんですけど、なにぶん学校から離れたところにいる関係で、 あまり連絡できないんですよ。敵に――そう敵に傍受されて発信源を突き止められたらまずいですからね」 「そうなんですか……」 がっくりと肩を落とす朝比奈さん。すみません、本当にすみません……! でも、朝比奈さんはそんな俺の大嘘を信じてくれたのか、 「仕方がないですね。みんな大変なんですから、あたしばっかりわがままは言えませんし」 「3日経てば、また会えますよ。それまでがんばりましょう」 何とか乗り切れたか。こんな嘘は二度とつきたくねえ。 と、朝比奈さんはいつものかわいい癒しの笑顔を浮かべて、 「あ、そういえば、皆さんご飯まだなんじゃないですか? 長門さんがカレーを作ってくれたんです。 ぜひ食べに来てください」 神経が張りつめたままだったせいか気がつかなかった。学校中を覆うカレーのにおいに。 ◇◇◇◇ 「食べて」 食糧配給所になっていた教室で待ちかまえていたのは、迷彩服の上に割烹着を着込んだ長門だった。 これだけ見ると、あの正確無比な砲撃の指揮官とは思えない。ちなみに朝比奈さんは作業があると言って、 またぱたぱたとどこかへ行ってしまった。 「すまん、もらうぞ」 「いただきましょう」 俺は紙製の皿にのったカレーを受け取ると、がつがつとむさぼるように食いついた。 よくよく考えれば、15時間近くなにも食べていない。戦闘中は携帯していた水筒の水ぐらいしか口にできなかったからな。 「おいしいですよ、長門さん」 こんな時まで格好つけたように、優雅にカレーを食する古泉。全くどこまで行っても余裕な奴だぜ。 しかし、長門は大丈夫なのか? 相当疲労もたまっているはずだろ。 「問題ない。身体・精神ともに異常は発生していない」 そうか。それならいいんだが、あまり無理はするなよ。 「今のわたしにできるのはこのくらい。できることをやる。それだけ」 「でも、あきらめるのが少し早すぎるのではありませんか?」 背後から聞こえた最後の台詞は俺でもないし、古泉でもない。どこかで聞き覚えがあるようなと思って振り返ると、 「なぜ、ここにいる」 長門の声。トーンはいつもと変わらないが、内面からにじみ出ている感情は【驚】だとはっきりと見えた。 声の正体はあの喜緑さんだったからだ。生徒会の人間であり、また長門と同じく宇宙的超パワーによって作られた 対有機生命体インターフェース……で良かったんだよな? 北高のセーラー服を纏っているが、 やたらとそれが懐かしく見えるぜ。 「私の空間・存在把握能力で確認した限り、ここには存在していなかったはず」 「この固定空間での時間座標で10分ほど前にこちらに来ました」 ひょうひょうと喜緑さん。ちょっと待て、最初はいなくてさっき来たと言うことは…… 長門はカレーをすくってお玉から手を離し、喜緑さんの元に駆け寄る。 「この空間に干渉する方法を有していると判断した。すぐに提供してほしい」 「残念ながら、それは無理です」 「なぜ」 「外側から必死にアクセスを試みて、本当にミクロなレベルのバグを発見することができました。 ここにはそれを利用して侵入しましたが、現在は改修されています。同じ手で、ここから出ることはできません。 思った以上にこの世界を構築した者は動きが速いです」 喜緑さんの言葉に長門はがっくりと肩を落として――いや、実際には1ミリすら肩を動かしてもいないんだが、 俺にはそう感じた。 「不用意。打開のための機会を逃したのだから」 「すみません。外側から一体どんな世界になっていたのかわからなかったんです。 まさか、こんな得体の知れないものが構築されているとは思いもよりませんでした」 めずらしく非難めいたことを言う長門を、あの生徒会室で見せていたにこにこ顔で受け流す。 「しかし、一つの問題からこの世界に介入することが可能だったのは紛れもない事実です。 なら、まだ別の方法が残されていると思いませんか?」 「…………」 喜緑さんの反論じみた台詞に、長門はただ黙るだけだ。 どのくらいたっただろうか。俺のカレー皿が空になったが、空腹感が埋まるにはほど遠くおかわりがほしいものの、 なんだか気まずい雰囲気の中でそれもできずにどうしたものかと思案し始めたくらいで、 「わかった」 そう返事?を長門はした。さらに続ける。 「協力を要請する。この空間に関しての情報収集及び正常化を行いたいと考えている。 ただし、私一人では効率的とは言えない。状況は悪化の一途をたどっているため短時間で完了する必要がある」 「もちろんです。そのためにここに来たのですから。お互い、意志は別のところにありますが、 現在なすべき目的は一致しています。問題はありません」 なにやら交渉がまとまったらしい。二人は食糧配給所の教室から出て行こうとする。 おいおい、こっちの仕事はどうするんだ? 「するべきことができた。そちらを優先する。現在の仕事は別の人間に変わってもらう。問題ない」 「砲撃の指揮はどうするんだ?」 「そちらは続行する。今持っている情報を精査した中では、私がもっとも的確にそれが行えると判断しているから」 長門の言葉にほっと俺は胸をなで下ろす。あの正確無比な援護射撃がなくなったら、 正直この先やっていく自信もない。しかし、一方でこの非常識世界をぶっ壊してくれるならそうしてほしいとも思うが。 「どちらも行う。状況に応じて切り替えるつもり。その時に最も有効な手段をとる。どちらにしても」 長門は俺の方に振り返り、 「私はあなたを守る」 ◇◇◇◇ さて、なにやら長門が頼もしい事を言ってくれたし、 少しながらこのばかげた戦争状態から脱出できる希望が見えてきたわけだが、 どのみちもうしばらくは俺自身もがんばらなければならないことは確実だ。 そのためにはいろいろとやるべきこともあるだろうが、 「台車でカレーを運搬するのを護衛するのは何か違うんじゃないか?」 「いいじゃないですか。腹が減っては戦はできぬというでしょう。これも生き延びるためです」 俺の誰に言ったわけでもない愚痴を、古泉がいつものスマイル顔で勝手に返信してきた。 今俺たちは、学校から前線基地へ移動中だ。別に散歩しているわけではなく、 2台の台車に乗せたカレー満載な鍋とご飯の詰まった箱を載せて、それを護衛している。 まあ、ストレートに言うとハルヒたちに夕飯を届けている最中というわけだ。 しかし、武装した10人で護衛して運搬するカレーとは一体どれだけの価値があるんだ。 「美味しかったじゃないですか、長門さんのカレー。犠牲までは必要ありませんが、厳重・確実に 涼宮さんたちに届ける価値は十分にあると思いますよ」 「それに関しては別に否定しねえよ」 実際にうまかったしな。腹が減っているからという理由だけではないほどに美味だったぞ。 護衛を担当しているのは、俺と古泉、他北高生徒10名だ。とは言っても、俺と古泉の小隊の生徒はいない。 さすがに疲労の色も濃かったので、今の内に休ませている。国木田もだ。今ここにいるのは、 その辺りをほっつき歩いていた生徒をかき集めて編成している。だんだん気がついてきたが、 生徒一人一人の戦闘における能力は全く同じだ。身体能力も銃の扱いも。そのため、生徒を入れ替えても 大した違和感を感じない。 そんな中、俺と古泉はカレー護衛隊の一番後ろを務めていた。古泉がこの位置を勧めていたのだが、 どうせ何か話したいことがあるんだろ。 「せっかくですし、お話ししたいことがあるんですが」 「……俺にとって有益なら聞いてやる」 「有益ですよ。それも命に関わる話です。ただし、内容はいささか不愉快なものになるかもしれませんが」 気分を害するような話は有益とは言えないんじゃないか? まあ、そんなことはどうでもいいが。 古泉は俺が黙っているのを勝手にOKと解釈したのか、いつもの解説口調で語り始める。 「まず、率直にお伺いしますが、あなたが生き残って鶴屋さんが亡くなった。この違いはなぜ起こったと思いますか?」 「俺は腰を抜かしてとっとと逃げ帰った。鶴屋さんは勇敢に戦い続けた。それだけだろ」 「言葉としては同じですが、意味合いは違うと思いますね」 どういう意味だ。もったいぶらないでくれ。 「敵は最初からあなたと鶴屋さんが植物園まで撤退することを阻止しようとしていなかったんですよ。 だから、あなたは犠牲者は多数でましたが、意外とあっさり戻れています。 これは、敵の目的は涼宮さんに自らの決定した作戦でぼろぼろに逃げ帰ってくる生徒たちの姿を 見せつけようとしていたのではないでしょうか」 「おい待て、それだと鶴屋さんもとっとと逃げれば死ななかったって言う気かよ?」 「率直に言ってしまえば、その通りです」 なんだかむかっ腹が立ってきたぞ。おまえは鶴屋さんの命をかけてやったことを非難するつもりなのか? どうやら俺の内心ボイスが表情に浮かんできていたのか、古泉はあわてて、 「いえ、別に鶴屋さんの判断が間違いだったとは言っていません。逆に、敵から主導権を奪い去ったという点では、 これ以上ないほどの英断だったと思いますね。おかげで敵は一部の作戦を変更する必要までできた」 「公園南部を散らばった鶴屋さん小隊を追いかけ回す必要ができて、さらにロケット弾発射地点を守る必要ができた。 そのくらいなら俺にだってわかる」 「それだけではありません。敵は鶴屋さんを仕留める必要に迫られたんです。 必死にあなたたちを鶴屋さんと合流させなかったのはそれが理由だと考えていますね」 「何だと?」 「敵は涼宮さんに逆らう――そこまで行かなくても反抗する人物なんていないと踏んでいたのでしょう。 見たところ、ある程度は涼宮さんとその周辺の人物の下調べも行っているようですし。 ところが真っ先に鶴屋さんは涼宮さんの指示を拒否して、自らの意志で行動した。 これはこの状況を仕組んだ者にとって脅威であると映るはずです。明らかに予定外の人物ですからね。 だから、あの場で確実に抹殺する必要に迫られた。今後の予定に影響を及ぼさないためにも」 古泉の野郎の言うとおりだ。なんだかだんだん不愉快になってきた。有益な情報はまだか? 「今、これを仕組んだ者はこう考えているでしょう。何とか鶴屋さんは抹殺できた。 ところがどっこい、今度は別の人間が涼宮さんに反抗――それどころかある程度コントロールした。 ならば、次の標的は当然あなたですよ」 古泉の冷静な言葉に俺はぞっとする。突然、周辺の見る目が変わり、その辺りの物陰に敵が潜んでいて、 今にも俺を狙撃しようとしているんじゃないのかという不安が頭の中に埋まり始めた。 「ご安心ください。そんなにあっさりとあなたを仕留めるつもりはないと思いますよ。 なぜなら、あなたは涼宮さんにもっとも影響を与える人物です。敵も扱いは慎重になるでしょう。 下手に傷つけて一気に世界を再構築されたら、元も子もありませんからね」 古泉は俺に向けてウインクしてきやがった。気色悪い。 まあ、しかし、確かに有益な情報だったよ。敵が俺を第一目標としながら、早々に手を出せない状態らしいからな。 うまく利用できるかもしれん。珍しくグッドジョブだ古泉。 「僕はいつもそれなりに良い仕事をしているつもりですよ」 古泉の抗議じみた声を聞いた辺りで、ようやく前線基地の到着した。 ◇◇◇◇ なにやら前線基地ではあわただしいことをやってきた。窓を取り外したり、どこからか持ってきた鉄板を廊下などに 貼り付けている。ハルヒはここを要塞にでもするつもりか? そんな中、ハルヒはトランジスターメガホン片手に指示をとばしまくっていたが、 「くぉらあ! キョン!」 俺の姿を見たとたんに、飛び出してきた。やれやれ、どうしてこいつはこう元気なんだろうね。だが―― 「あんたね! 帰ったなら帰ったと一番にあたしに報告しなさいよ! いい? あたしは総大将にして総指揮官なの! 常に部下の状況を把握しておく必要があるってわけ! 今度報告を怠ったら懲罰房行きだからね!」 怒っているのに、顔は微妙に笑顔というハルヒらしさ満点だ、と普通の人なら思うだろ。 でもな、付き合いが長くなってくると微妙な違いに気づいちまったりするんだ、これが。 ハルヒは運んできた台車上のカレー鍋をのぞきこみ、 「なになに? カレー? すっごいじゃん、誰が作ったの?」 「長門だそうだ」 「へー、有希が作ってくれたんだ。じゃあ、みんなで遠慮なく食べましょう」 ハルヒは前線基地の建物に戻ると、 『はーい! よっく聞きなさい! 何とSOS団――じゃなくて、副指揮官である有希からカレーの差し入れよ! いったん作業を止めて休憩にしなさい!』 威勢の良い声が飛ぶと、腹を空かした生徒たちがぞろぞろとカレー鍋に集まり始めた。 ただ、その中にハルヒはいない。 「では、僕はいったん学校に戻りますね。あとはお願いします」 そう古泉は何か言いたげな表情だけを俺に投げつけて戻っていった。言いたいことがあるならはっきりと言えよ。 俺は前線基地とされている建物の中に入り、 「おいハルヒ。せっかくの差し入れなのに食わないのか?」 そう玄関口に寝っ転がっているハルヒに声をかける。 「あたしは最後で良いわ。あんなにいっぱいあるんだし、残ったのを独り占めするから。 その方がたくさん食べられそうだしね」 「そうかい」 俺はヘルメットを取り、ハルヒの横に座る。 じりじりと日が傾き、もう薄暗くなり始めていた。がやがやとカレー鍋に集まる生徒たちの声が建物内に響いているのに、 「静かだな……」 「そうね……」 俺とハルヒは共通の感想を持った。 「あんなにいた敵はどこに行っちゃったのかしら。てっきりすぐにまた攻撃して来ると思ったのにさ。 ちょっとひょうしぬけしちゃったわ」 「来ないに越したことはないだろ。まあ、そんなに甘くはないだろうけどな」 ――またしばらく沈黙―― 「大体、何で連絡くれなかったのよ。いろいろ考えちゃったじゃない」 「何だ、心配してくれたのか?」 「あったりまえでしょ! 部下の身を案じるのは上官なら当然よ、トーゼン!」 ――ここでまた会話がとぎれる。そして、もう日がほとんど降りてお互いの表情も見えなくなった頃―― 「ねえ……キョン……あ、あのさ……」 「なんだ?」 「その……」 「はっきり言えよ。どもるなんて珍しいな」 ――それからまた数分の沈黙。俺はただハルヒが話を再開するのを待ち続け―― 「その……鶴屋さんなんだけどさ。なんか……言ってなかった?」 「何かって何だよ?」 「……恨み言とか」 俺はハルヒに気づかれないように、視線だけ向けてみる。しかし、もう辺りは薄暗く、その表情は読み取れなかった。 「そんなこと言ってねえよ。また学校で会おうだってさ。いつもと同じだった――最期まで」 「そう……」 ハルヒが俺の言葉を信じたのか信じていないのかはわからなかった。ただ、明らかに落ち込んでいるのはわかった。 いつものダウナーな雰囲気どころではない。完膚無きまで叩きのめされているような感じだ。あのハルヒが。 それを認識したとたん、激怒な感情がわき上がる。額に手を当てて必死に我慢しないと、すぐに爆発しそうなほどだ。 あのハルヒをこんなになるまでめちゃくちゃにしやがった。絶対に許さねえ……! ~~その5へ~~
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突然だが、そいつは夏の暑い日に襲ってきた。 いつも通り長門の本を閉じる音でSOS団の活動を終了し、みんなが帰り支度を始めた。 実際活動と言っても俺と古泉はオセロをエンドレスで、ハルヒは朝比奈さんをいじくり回し、 長門に限っては一言も喋らずに延々読書をしてただけだが。 「では、僕はお先に失礼します。文化祭のことでクラスの皆さんと話し合わなくてはならないので。」 「あの~、私も話し合いがあるので・・・今日はこれで失礼します。」 「みんな大変ねぇ・・・有希はなにかあるの?」 「・・・話し合い。」 長門ははたして話し合いに参加するのだろうか?何にも言わなそう気がする。 まぁ、暇なクラスはうちだけだろ。何が好きでアンケートなんかに決定したんだか。 「じゃああんたが何か考えれば良かったじゃない。たとえば裸踊りとか。」 誰がそんなもん見に来るか。裸踊りがしたいならハルヒ、お前がやればいい。 「いやよそんなの。第一私がしたらただの変態じゃない。それくらいの事も分からないの?」 あのな、言い出したのはそっちなんだが。まぁいい、さっきのは軽く聞き流して無かった事にしよう。 「そんなこと言ってないで早く出なさいよ。鍵閉めなきゃいけないんだから。」 分かったから大声出すな。鼓膜が破れる。 「分かった分かった。出ればいいんだろでr・・・」 その瞬間くらっときた。たぶん寝不足が原因の一時的な物だろう。焦る事はないな。 「さぁ、とっととで・・・さ・・・」 何だ?耳が聞こえない・・・耳鳴りか・・・ 「ちょ・・・キ・・ン、きいt・・キョン?」 ハルヒが心配そうな顔でこちらを見ている。なんだ?そんなに変な顔になってるのか? 「・・・ぁ・・ハ・・・・ぶ・・・」 声が出ないばかりか視界がぼやけてきやがった。 「k・・・!?」 なぁ、何を言ってるんだハルヒ。もっと聞こえるy・・・・だめだ・・・何も見えない・・・ 目の前が真っ暗だ・・・ ドサッ 「!?ちょっとキョン!?大丈夫!?ねぇキョン、起きて、起きてよキョン!!」 う、う~ん・・・ここはどこだ・・・? 何でこんな場所に・・・ええっと、何がどうなってこうなってるんだ? 確か部室でハルヒと話してて、そしたら目の前が真っ暗になって気づいたらここにいた。こんなもんか、やけに冷静だな俺。 「キョン・・・?気がついた?大丈夫?」 「ああ、何とかな。少しくらっときただけだから大丈夫だ。」 「そう・・・よかった・・・」 あれ?てっきりバカにしてくるんじゃないかと思ってたがその予想とは裏腹に本気で心配してくれていたようだ。 もしかして明日は豪雨や雪や雷三昧なんじゃないだろうか。・・・それは失礼か。 「おやっ?お目覚めですか?」 って古泉!?お前いつからそこにいたんだ!?というか顔が近い、息吹きかけるな気持ち悪い。 「これはこれは、失礼しました。」 まったく・・・こういう事は朝比奈さんか長門にしてほしいもんだ。 ウホよりそっちの方がよっぽど嬉しい。 「涼宮さんからあなたが倒れたと聞いたもので話し合いを放棄して駆けつけたのですよ。 ほら、長門さんも朝比奈さんも。」 お前は駆けつけなくてもいい。話し合いをし続ければよかったのに。 「キョンく~ん、良かったぁ~~あたし、倒れたって聞いたとき・・・グスッ・・・」 朝比奈さんは涙たらたらで最後の方は詰まって聞こえなかった。 心配かけて申し訳ない。 「・・・」 長門はと言うとやはりいつものようにこちらを見つめていた。 でも、少しは心配してくれてるみたいだ。そんなオーラが漂ってるんだが気のせいなのかね。 「軽い熱中症でしょう。少し休んだら良くなりますが念のため病院に行った方がいいでしょうね。」 そうだな。ここは素直に病院に行った方がいいだろう。 「ま、これぐらいでへこたれてたらSOS団の団員なんかつとまらないわ。さっさと病院行って治してきなさいよ。」 さっきの心配顔はどこへやら、眉は怒り口が笑ってるという器用な笑みを浮かべたハルヒがそこにいた。 と言うわけで今俺は病院に向かう真っ最中なのである。 ちなみに、病院なんてものは年に1回行くか行かないかぐらいの公共施設だ。 予約はしてなかったので20分ほど待って診察5分。まったくもって理不尽な気もするんだが。 やれやれ、後は会計をすますだけ・・・ん?なんか聞こえるな。 「○○からお越しの○○○○さん、診察室の方へどうぞ。」 てっきり終わったと思って帰るつもりだったのに。 まぁいい、初診だったから手続きとかなんやらあるんだろうな、きっと。 「どうぞ、そこに腰掛けてください。」 黒縁メガネをつけた何とも真面目そうな医者が着席を勧める。 「あの・・・なにか?」 「大変言いにくいことなのですが・・・ 保護者の方の連絡先教えていただけますか?」 どういうことだ。まさか検査入院か。いや、検査ぐらいだったらまだいい。 本気の入院で長い間病室ぐらしとかいやだぞ。 せめて通院ぐらいならいいんだが。 「何かあったんですか?」 「いや・・・別に。とりあえずご両親とお話しがしたいので。」 当の本人は無視ですか? 「理由がないなら別に両親に話す必要は無いと思うんですが・・・ もしかして通院ですか?それとも入院ですか?」 「・・・いえ、そうではないですけど・・・正直に言いましょう。 あなたは 後一日、もって二日しか生きられません。」 え?ちょ、ちょっと待ってくれ。すまん。なんだって? 「酷な事を言いますが、寿命はあと1~2日です・・・ あなたの病気がここ最近でも稀に見る病気で、現代医学ではもはやどうすることも・・・」 「う・・・うそですよね?そんなこと。だってこんなにぴんぴんしてるんですよ? そんな簡単に死ぬはずがn」 「残念ですが・・・もうその病気は体中の至る所を侵食しています。 本来なら動くのもやっとなはずです・・・」 もう医者の話なんぞ耳に入ってこなかった? 嘘だろ・・・死ぬのか、俺?まだ10数年しか生きてないんだぞ。なんかの間違いだろ・・・ まだしたいことだって沢山ある。端から見れば世界情勢に興味がない一般高校生なんだろうけどな・・・ それに・・・SOS団。あのはちゃめちゃでいつも100Wの神ハルヒ、myスウィートエンジェルである未来人の朝比奈さん、 無口だが一番頼りになる宇宙人の長門、それから・・・・言いたくはないが超能力者古泉。 俺はまだあそこに居たい。あいつらと一緒に遊びたい。わいわいがやがや非日常ストーリーを満喫したい!! もうそんなこともできないのかよ。畜生・・・ 「すいません・・・このことは親にはだまっといてもらえますか? お願いします。」 「・・・」 それ以上医者は何も言わなかった。 その後、家に帰る足取りは重く帰るとすぐに自分の部屋に閉じこもった。 そして泣いた。滝の様に涙があふれベッドは水びたしになった。 嗚咽を漏らしながら、ただただ泣いた。自分の生きるリミットに絶望しながら。 だからこそそこに一筋の希望を見つけようとしながら・・・・ チュンチュン ん・・ふぁ・・・・朝か・・・・ 気づいたら寝てたな俺。やれやれ、ベットの上がびしょぬれだ。 でも、泣いてる場合じゃない。これからやらなきゃいけないことがたくさんあるのさ。 どうせ死ぬんならやり残しのないように死にたいだろ。違うか? そう自分に言い聞かせたものの、学校に続く坂は精神的なものなのかはたまた肉体に限界が近づいてるか、 そんなことはどうでもいいがいつもより長く長く感じられた。まるでフルマラソンだ。 正直横から谷口が沸いてこないことを祈る。チャックにつっこみを入れない日を作ってくれ ようやく自分の教室の前にたどり着いた。・・・ハルヒにはこのことを黙っておこう。 これ以上心配かけさせたくないしな。何気ない顔で教室に入りいつも通りに過ごせばいい。 それでいいんだ・・・それd 「おはようございます。昨日は大変でしたね。」 うおっ、古泉いきなり出てくるな!てか、顔ちかっ!!!離れろ、今すぐに。 「ハハハ、すいません。ちょっとお時間いただけますか?」 なんで朝っぱらからこいつに絡まれなければならんのだ。いけ好かない顔の野郎に。 朝比奈さんと長門なら大歓迎だが。 「で、何があるって言うんだ?単刀直入に頼む。」 「そうしたいのは山々なんですが、ちょっと人目のつくところではね・・・・ 別の場所で話しましょう。」 やれやれ、こんな事をしてる暇はないんだがな。 こうしてあの古泉がビックリ仰天エスパー発言をした場所にやってきた。 「で、話ってのはなんなんだ。くだらない事じゃないだろうな。」 「いえいえ、重要な事ですよ。少なくともSOS団という肩書きを背負ってる人全員にとってはね。」 「・・・言ってみろ。」 「では言わしていただきます・・・ずばり、あなたはもう体が持ちませんね? それも一ヶ月二ヶ月単位じゃない。一~二日が限度のはずです。」 な、何でこいつが知ってるんだ?誰にも言ってないはずだ。どっから情報が・・・ そうか、あそこの病院にも機関への協力者が居るのか。別の病院にいっとけばよかったな・・・ おそらくそうであれば隠し通すことはザルで水をすくうぐらい無駄なことであろう。観念した方がよさそうだ。 「ああ、まったくもってその通りだ。言いたいことはそれだけか?」 「驚かないのですか?僕はもっとあなたが取り乱すと思ってましたが。」 当たり前だ。刺されたり神人とやらに出会ってたりおまけに閉鎖空間に閉じこめられたとなれば こんな事は象にたかる一匹の蟻のようなもんだ。 「なら、本題に入らせていただきます。 この件、長門有希と朝比奈みくるには言わないでもらいたいのです。」 おいこら。ハルヒならともかく朝比奈さんを呼び捨てにするな。 だいたい俺の残り少ない人生だ。どう使ってもかまわんだろう。 「失礼しました。けど忘れないでください。長門さんや朝比奈さんが属している組織にはいろいろな派閥があります。 たとえ彼女ら自身が何もしなくても、彼女らを通じて情報を得た他の・・・たとえば急進派などが 何らかのアクションを起こすことは容易に想像できます。もしかすると本人達が危険にさらされる自体になるかもしれません。」 考えてみればその通りかもしれんな。これ以上SOS団他の団員及び他の人々に迷惑なんかかけたくない。 「すいません、このようなことしか言えなくて。機関は関係無しに僕自身も非常に残念に思いますよ。」 あまりお前には残念に思ってほしくはないがな。 まぁ忠告はありがたくとっておくぜ。たぶん今までで一番役に立った話だろう。 キーンコーンカーンコーン 「予鈴ですか、もうそろそろ退散した方が良さそうですね。それでは。」 そういって古泉は去っていった。やれやれ、俺も教室に上がるか・・・ 授業なんてものはハルヒとの無駄話であっという間に放課後になり 俺は真っ先に文芸部もといSOS団所有の部室へとむかった。 ちなみに寿命のことは一言も言ってない。断じて。 どうせ分かることだ。ハルヒのあの心配そうな顔もみたくないしな。 そんなことを真剣に考えていたがやっぱり俺も男だったようで 朝比奈さんのメイド姿を妄想する比重の方がいつのまにか大きくなっていた。 悲しいな、男って。 コンコン いつも通りノックして入ると部室専用のエンジェル及び水晶玉の目を持った文芸部員がそこにいた。 「あっ、キョン君。もう大丈夫なんですか?」 ええ、あなたの顔を見ると元気百倍ですよ。どんな病気でも治ります。 「うふっ、待っててください。今お茶入れますね。」 その言葉と共に朝比奈さんは台所―――部室に台所があるのはいかがなものであろう―――に向かっていった。 ・・・この姿を見るのも今日で最後なんだろうな。畜生 いつの間にか俺の目からは涙が流れていた。涙もろくなったもんだなぁ、おい。 ところで長門、その透き通った目でこちらを見るのはやめてくれ。ほんとで泣きたくなっちまうから。 お前にはさんざん世話になりっぱなしだから迷惑かけたくないんだ。頼む・・・ 「はぁい、お茶はいりましたy・・・キョン君目が赤いけど大丈夫?」 「大丈夫ですよ、ただ目にゴミが入っただけです。」 いかんいかん、このままではばれるのも時間の問題だ。早く来いハルヒよ。 バンッ 「いやーごめんごめん、岡部に絡まれちゃってさぁ。あの先生、熱いのはいいけど暑苦しいのよねぇ。 もうちょっと影を薄くしたらいいのよ。ふ○わみたいに。」 来た。しかも悪口を言いながら。失礼極まりないだろ。 「うるさいわね。私がふか○っていったら○かわなのよ。それ以外の何者でもないが。」 すまん、ハルヒ。日本語でおkだ。 「まぁ、そんなことはどうでもいいわ。今日はなにしようかし・・・ってキョン、あんた目が赤いわよ。」 痛いとこついてきやがった。何でこう言うときに敏感なんだよ。 「いや、ゴミが入ってただけだ。気にするほどでもない。」 「ダメよそんなの。早く処置しなきゃ!」 そんなこと言ったって部活はどうするんだ。途中退場なんてしたかないね。 「むぅ・・・分かったわ。今日の部活は無し!キョン、早く病院に行きましょ。」 おいおい、何でお前までついてくるんだ。 「だってこの間みたいに倒れたら大変でしょ。だから私が・・・ってなんでこんなこと言わせるのよ。 いいからとっとと来なさいよ。」 やれやれ。まぁ話す場所ができたからよしとするか・・・ 「じゃあ有希、みくるちゃん、キョンを病院まで連れて行くから。」 「あ・・・はぁい。お気を付けて。」 「・・・」 そういうとハルヒと俺は部室から出て行った。 というかハルヒに引きずられながら。 これで本当にこの部室に足を踏み入れる事もないだろう。じゃあな、SOS団・・・ そして運命の時間がやってきた。そいつはハルヒと二人っきりになった今まさにこの時である。 「なぁハルヒ、病院に行くまでに話したいことがあるんだ。別にたいした事じゃないから 歩きながらでいい。」 「ふぅん、別にいいけど。」 「ならいうぞ・・・もし好きな人が後余命一日だ、何て時お前ならどうする?」 「なっ、い、いきなり何言うのよ!!バカキョン! ・・・・わ、私ならはっきり自分の思いを伝えるわよ。 どんな結果になろうともしない後悔よりはましなはずだもん。」 「そうか・・・」 「何よ、その返事?・・・ははぁ~ん、ひょっとしてだれか好きな人がいるんでしょ。 だれだれ、教えなさいよ。」 ・・・いいぜ教えてやるよ。 それはな、ハルヒ。お前だよ。なんだかんだいって俺はお前の事が好きなんだよ。 わらっちまうよほんと。最初お前に会ったときは変な奴って感じにしか見てなかったのにな。 いろいろやってるうちに惹かれていってしまった。閉鎖空間のときの告白、あれは戻ろうとして 我慢してやったんじゃない。少なからずお前に恋していたんだよ。だから悪夢で片づけられた時は 正直がっかりしたもんだぜ。だからな・・・はr それは突然やってきた。 前回のとは比較にならない眩暈。 並びに吐き気、耳鳴り、手足の痙攣、呼吸困難も併発。 内臓器官に異常発生。脳波異常。心拍数低下。その他障害が多々発生。 くそったれ・・・俺はここでおわっちまうのかよ・・・ まだだ、まだおれはしたいことをし終わっちゃいない。 今しないで何時するんだ。ああ? 言うんだ。全気力を振り絞って。 動け!!!俺の体!!! 「それはな・・・ハルヒ・・・・・お前の事だ・・・ 俺は・・・お前が・・・すk・・・」 そういうと俺は目の前が真っ暗になった。 体は地に落ちながら・・・ 「えっ?う・・・嘘でしょ?ちょっとキョン?大丈夫?ねぇキョン起きてよ、ねぇったら!! お願い、目を覚まして!!ねぇったら!!!」 地球の日付及び時間200X/07/XX 16 XX XX 発生座標[1561.9901] かつてより観察対象であった[涼宮ハルヒ]が情報爆発を発生させた。 この爆発により閉鎖空間が発生。 対抗手段はもはや存在しておらず、通常速度の30倍の早さで拡大。 およそ20分後に地球を覆う。25分後には通常空間と閉鎖空間が入れ替わり そのどちらも修復されることなく消滅。事実上地球という惑星はこの宇宙から無くなり 人間のいう生態系の進化の可能性は失われた。観察用インターフェイスは既に回収済みである。 どうやら情報によると爆発の原因は涼宮ハルヒにとって関係がある 人間の死によってもたらされた言われている。 この情報はきわめて不確定のため真偽は不明。 犠牲報告は次のとおりである 人間 ・・億人 ・・・・ ・・ ・・・ ・・ ・・ ・・・・ ・ ・・・ 以上 BADEND